『ノルウェーの森』で見る20年の月日 | emixbubuのブログ

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「1Q84」を読んでしまった後、3日ほどで「ノルウェーの森」まで読み沈めてしまった。

我ながらもったいない読み方をするな~と思う。

もっと日曜日のブランチを楽しむがごとくゆったりと愉しみを引き伸ばし時間を操り、ブランチの後もイングリッシュティータイムのように、1ページ1文を飲み込んでいければステキな時をもっと味わえるだろうに。。。

魅力的な文章の海に思考を投げ出していると、まるで波に飲まれているような気分になる。

大きすぎず、凪いでもいない波だ。

サーフボードを使うほどでもないけれど、波に体はもっていかれてしまう。

文体の美しさや、登場人物たちの会話のセクシーさに翻弄されるのだ。波に体がこねられるように。


「ノルウェーの森」は大学時代に読んだ。

20年前のことだ。

もう20年も経っていたなんて。

あの頃となんら考えや感じ方が変わったとは思えないのだが、たしかに印象は違った。

というより、まず話の筋自体をまったく覚えてはいなかった。

ただ、イメージが映画のワンシーンのように頭の中のスクラッチブックに貼ってあったみたい。

それは緑色の画面の中、濃厚な雨の匂いと緑のむせ返る空気が漂っていて、主人公と女が切なそうに並んで歩いている後姿の映像だった。男は女の方を見ている。女は下を向いている。これは主人公が男であることをイメージとして覚えていたのだと推察してみた。

20年前の読んだ感想は、このワンシーンのみ。切ない恋愛物語であることと、この当時の私が理解できないことがこの本の中にはたくさんあって、どの部分が理解できないかさえはっきりとはわからなくて。ただわかるのは、わからないことの存在があるということをわかったってこと。

わからないことがあることを認められたってとこまで。

それが20歳の私の限界だった。


まだ恋愛も数々経験した年でもなく、けれど恋愛の切なさも苦しさも憤りも知ってしまった後の年齢だった。

もう少女ではなくて、けれど大人とは言い切れない狭間の頃だった。

自分の若さをちっとも素敵とは思えず、他の女の子たちと比べてどれだけ女度が見劣りしているかばかりが気にかかり、新しい恋愛に期待し、自分にこれから降り注がれるだろう天からの贈り物の出来事にたくさんの期待を寄せていた頃だった。そう、運命を信じていたのかもしれない。口では自分の人生自分で切り開くとか大きな口を叩いておきながら、心のどこかでまだ理解できない世界をTVで見る旅行記のように思っていたのかもしれない。


この20年の間何度も「ノルウェーの森」は読み返したいと思った。

けれどその時期ではなかったのだな。結局は読み返さなかったから。

時間がなかった。いいわけだが、子育てで一番忙しい間は自分の時間など一日のうちに何分も持てなかったから、ゆっくり読書というリラックス法を取り入れる余裕がそもそもなかったのだ。現実に追われ、脳の端々まで現実だった。生きていた。そう、前回の記事に置き換えるなら、私は忙しく生きていたのだ。

私の頭は子供を守るための道具として使われ、私の心は利益と損失の分別のために使われていた。

よそを向くことは危機を呼び寄せることに繋がるので、頭も心もよしとは言わなかった。

本の世界は危険がたくさん潜んでいる。

推理小説や単にストーリーを流していく本なら娯楽として受け入れれたかもしれないが、この手の本は違う。

だってそれはどこかの他人の発するメッセージだからだ。影響がある。当然だ。

子供を育てることに直接利益をもたらすと判断された順から現実に取り入れられていった。

自分自身の楽しみも成長も後回しにされたのだ。


それは当然のことだった。没頭しなければ人一人育てることなんてできやしない。

そんなに甘くはないことを本能的に知っていたのだな、私は女だから。

女は嫉妬深い。気が一定の方向を向くと秩序や論理を無視する強さも持ってる。

私は特にそうだ。物事にはまりやすいし、一旦はまると突っ走る。誰にも止めれないし、自分で制御できない。

だから本能的に本はこの時代読めなかったのだ。

全くの一冊も読まなかった。大学の頃はあんなに好きだったのに。


子供たちが大きくなってやっと自分の時間が楽に持てるようになると、自由に動くようになってきた。

どんどん自分の時間は増える。もう10年も頭も心も体も一箇所に留まっていたのだから、私自身のためにちょっとぐらい時間を使ってもいいよね。ちゃんと家は回すから、神様私に時間と場所をくださいって思ってた。

その渇望の大きさは深かったのだ、私が思っていた以上に。

どのくらい我慢してきたのだろうか。今ならわかるような気がする。きっと人格を形成するように母である自分を優先させてきたのだ。それは本能レベルの話で、もちろん無理やりではない。私自身が望んだことだった。

けれど大概のことがそうであるように、その強い思いには歪が生まれていた。自分でも気づかないままに。

歪みは底がなかった。今はそれはわかっている。どれほどの渇きだったか今は知っている。その渇きは私の命の支えであり、それこそが私自身だった。


考えようによれば、世の女性はそうやってたくさんのどろどろしいパワーを自身に秘めていて、それが世にうまく出ると経済効果に繋がったりするのだろうな。

女性の有り余る欲望が世の中を回しているのかもしれない。女は欲深く嫉妬深いものなのだ。そしてすべての欲がそうであるように、欲というのは力を持っている。うまくいけばそれは世に還元されるであろう。


なんか話がズレてきた。

なかなか組み立てて文章を書いていくということができない。頭の中にあるもやもやがもやもや度を日に日に増してきている。きっと爆発するくらいまでもやもやをうまく溜め込むことができたら、もっと長いまとまりのあるストーリーを書けるようになるのかもしれないな。。。。淡い希望は捨てないでおこう~

 


今回「ノルウェーの森」を読んでの感想を少し。

作者が言いたいことは多岐にわたっていて、色とりどりの宝石のようにそれがちりばめられていることはわかったと思うのだ。

小説というのは、それ以上でもなくそれ以下でもない。一文も削れないだろうし、あとがきなど必要ない。

作者の言いたいことは文章のすべてである。

そしてそれを読む読者というのは、読む力を要求される。

読めるというのは、その人の過去の経験や感じて生み出した感性の中の何かしらが作品のどこかの部分と感じあわなければならない。なにもないと読めないのだ。だから子供にはこの恋愛小説は読めない。字は読めて音読は可能でも、恋愛経験がないから意味がわからないわけだ。

文章に散りばめられた宝石の光が読んでいくとそこかしこで点滅しだす。

それに気づくかどうかは読んでいる私の中に同じような宝石がないと無理なのだ。

同じ宝石を探し当てると嬉々として光り合う。それが「読む」ということだと思う。


本が映画化されてイメージと違うと怒る人がいるが、それは映画を作った人の中を通ったことによって作品が変わってしまったからだろう。

映画が自分の描いていた本の世界とほとんど相違ないと言えるならば、それは映画を作った人と感性が似ているということだと思う。


だから本というのは、読む人の中に存在しているのだ。

外にあるものではない。内にあるのだ。それぞれの「ノルウェーの森」が。


40歳の私の読む「ノルウェーの森」は、20歳の私の切ないそれとは違い、絶望感との戦いの生きていくバイブルのような印象だった。

比喩の天才の村上春樹さんの力を借りるなら、遠くバカンスに訪れた海辺の町中ではるか彼方の日本を懐かしんでいながら美味しい異国の料理を自慢に思いながらいただいているような(笑) そして帰らなくてはならないのだ、誰もいない日本という国に。日本は死んでもういないのだ。底のない絶望感。それでも人は生きていく。

人生はどの人のも似たようなもので、その苦しみも悲しみも本当は共有しているのに、誰もそれに気づいていないような。

そこに広がる世界は決して突飛な作り話ではなくて、問題を抱え正直に生きる当たり前の人たちの一部を切り取ったような。そんな印象だ。



前回の記事でとても暗い面を見せてしまって、とても恥ずかしく思っている。

私は弱い。

私は嫉妬深い。

私は自分の舵が握れてはいない。

私は自分を知らない。

私は生きていない。

私は死んでいない。

私は素直だ。

私は力がある。

私は女だ。

私は知りたいと思っている。

私は欲が深い。

私は他人を思いやることもできる。

私は他人を傷つけることもする。

私は傷つきやすい。

私にはリズムがある。

私は自分のことが嫌いだ。

私は自分のことが好きだ、とても。

私は愚かだ。

私は賢い、時折だけど。

私は特別な存在でくだらないくらい一般的でもある。

私はもっと高いところを望みたい。

私は生み出したいと思っている。

私は破壊することも好きだ。

私には大事な人がたくさんいる。

その人たちのために生きていたい。かかわり、感じて生きている実感を持っていたい。

毎日を楽しく暮らしたいのだ。



今は村上春樹さんの処女作「風の歌を聴け」を読んでいる。

ドキドキする。

薄っぺらな本なので、愉しめる時間はあまりないだろうな~本★ァメキャラ☆