近頃わかったことがある。
自分の『元気』は操作できないのだ。
元気な時に、元気を沈めることもできなければ、元気のない時に、元気を自ら出すなんてこともできない。
ずっとできると思ってた。
当たり前にできるものだと思ってた。
小学生の頃、元気が出ないことの連続があった。
私が悪いのだと思ってた。
中学高校の頃、上がりもせず下がりもしない毎日を受け入れるしかなかった。
私の努力不足だと思ってた。
大学の頃、どうにも楽しくて仕方なく、楽しさ以外何も考えることのできない日々に、未来は描けなかった。
私のその場限りの欲深さだと思ってた。
感情には説明のつけられないものがたくさんある。
本人にはわからないのだ。他人には見えても![]()
蓋をした感情は、蓋をしたことさえ自分では気づかず、時が経ち、余計な感情が時間によってそぎ落とされた後に残った、自分の本当の気持ちに気づいたりするものだ。
時が経ちすぎていて、すでにその当時の関係や事実は流れ去った後だ。もうどうにもできない。
残って気づいた感情は、未来への肥やしになる。
「教訓」ってやつだな。
自分で入った穴なのに、自分では這い上がれない。
鬱の人たちはそんな感じじゃないかな?
自分で鬱って牢屋に入って、自分で鍵を中からかける。ガチャ
逆に元気な人のパワーはすごい

これまた自身では操れない。
パワーの源はなんだろな?
あの上がってくる感覚
わらわらわら~っと体の奥底から突き上げてくるものをどうしょうもない。
他人に触れられたくないことを指摘された時、人はしどろもどろになったりしてうろたえる。
けど、そのことは自分でも踏み込みたくないことなんだよな~
だから、自分で本当のことがわかっていない。自分の本心が知りたくないからだ。
う~むむむ。。。
自分が感じていることも、自分でわからないなんて、人間ってなんてちっぽけな生き物なんだろうか。。
嫌になるね。
そして、バカさ加減に可愛らしさも感じるね。
決めた![]()
自分の元気を操作しようと思うのはやめた![]()
ほっとけばいいや。
ムリなんだ。私にはそんな力はない![]()
自分自身の神になどなれるはずもなし
上がってる時も、下がってる時も、いつもブレーキをかけたがる私がいた。
どっちに傾いていても、罪悪感がついてくるのだ![]()
![]()
変な話だよな~ なんで罪悪感![]()
・・・ということは、バランスの取れた「普通」ってのが、一番いいと思っているのかな?
けっ![]()
おもんね。そんな普通で波のない感情なんてくそくらえだ
つまんねぇ。
波がなければ生きてる感じしないじゃん![]()
サーファーみたく波にうまく乗ってればいい話だよね![]()
ま、いいや
どうでも。