英語で聖書を学ぼう!のブログ

英語で聖書を学ぼう!のブログ

他では話されない聖書のおはなしについて、
Youtubeをはじめました。

このブログでは、聖書をはじめとして
世界で起こっていることなど
気になるお話しを

少しずつ更新していこうと思います。

温かく見守っていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

真の救世主ヤフシャの名とイスラエルの人々の正体

― 真実がもたらす覚醒 ―

私たちは、幼い頃から「イエス」という名前と、白い肌を持つ救世主の姿を当たり前のように目にしてきました。しかし、聖書を深く学んでいくと、私たちは一度立ち止まり、重要な問いを考える必要があります。

本当の救世主とは誰なのか。
その御名は何なのか。
聖書が語るイスラエルの人々とは誰なのか。
そして、私たちがこれまで受け入れてきた宗教的なイメージは、本当に聖書と一致しているのだろうか。

このBible Studyでは、一般的に「イエス」と呼ばれている救世主を、**Yahushua Hamashiach(ヤフシャ・ハ・マシア)**と呼び、その御名、イスラエルのアイデンティティ、捕囚と散らされた民についての預言、そして現代における「目覚め」というテーマについて考えていきます。

 

 

 


救世主の本当の名を知る

聖書は、救いが救世主とその御名に深く関係していることを示しています。

「この方以外には、救いはありません。」
― 使徒 4:12

また、マタイ1:21には、

「その名をイエスと呼びなさい。この方こそ、ご自分の民を罪から救う方だからです。」

と記されています。

聖書の原語をたどると、現在「イエス」と呼ばれている名前には、ヘブライ語、アラム語、ギリシャ語、ラテン語などを通した歴史的な言語変化があります。

このBible Studyでは、救世主の名を**Yahushua(ヤフシャ)**として表記します。

名前は単なるラベルではありません。その名前の意味、その背景、そしてどのように後世へ伝えられてきたのかを学ぶことは、聖書を理解するうえで重要です。

また、この教えの中では、一般的な「イエス」という名称について、「地の豚」という意味に結びつける語源的な主張も提示されています。

この主張を含め、救い主の御名について私たち自身が原語や聖書を調べ、

「私たちは、誰の名を呼んでいるのか?」

という問いに向き合うことが重要です。

📖 マタイ 1:21
📖 使徒 4:10–12
📖 ヨハネ 17:3


「白いイエス」というイメージは聖書にあるのか

世界中には、様々な文化や時代の中で描かれてきた救世主の姿があります。

特に西洋文化では、白い肌とヨーロッパ的な特徴を持つ「白いイエス」のイメージが広く普及してきました。

しかし、聖書そのものには、救世主の肌の色や現代的な人種分類について詳細な記述はありません。

だからこそ、

聖書に書かれていること

と、

後の時代に文化・芸術・宗教的伝統によって作られたイメージ

を区別する必要があります。

私たちは、長い間見慣れてきた姿を「聖書的な姿」だと思い込んでいないでしょうか。

聖書を学ぶときに大切なのは、

「そのイメージは聖書のどこに書かれているのか?」

と問い直すことです。

これは誰かの民族を否定するためではありません。

むしろ、人間によって作られたイメージから一度離れ、聖書そのものに戻るためです。

📖 イザヤ 53:2
📖 黙示録 1:13–16


イスラエルとは誰なのか

救世主について学ぶなら、同時に「イスラエル」という存在についても理解する必要があります。

創世記32:28では、ヤコブがYahuahによってイスラエルと呼ばれるようになったことが記されています。

「あなたの名は、もはやヤコブではない。イスラエルと呼ばれる。」

そこからイスラエルの十二部族が形成され、聖書全体を通してイスラエルについて数多くの約束と預言が語られていきます。

イスラエルの歴史には、

選び、律法、反逆、裁き、捕囚、散らされること、悔い改め、そして回復

という大きな流れがあります。

したがって、「イスラエルとは誰なのか?」という問いは、聖書を理解する上で非常に重要です。

📖 創世記 32:28
📖 出エジプト記 19:5–6
📖 申命記 28章


捕囚と散らされた民についての預言

申命記28章には、イスラエルがYahuahに従わなかった場合に経験することになる、非常に厳しい預言が記されています。

そこには、

  • 国々の間に散らされること
  • 異国の地へ連れて行かれること
  • 奴隷状態になること
  • 苦難や迫害を経験すること
  • 民として大きな苦しみを経験すること

などが記されています。

そして、これらの預言を現代の歴史と照らし合わせるとき、特にアフリカ系アメリカ人や大西洋奴隷貿易によって離散した人々の歴史との関連を指摘する聖書解釈があります。

この解釈では、申命記28章に記された捕囚、奴隷化、散らされること、苦難などの特徴が、アフリカ系ディアスポラの歴史と重なると考えます。

そのため、一部のBible Studyでは、

「アフリカ系アメリカ人や奴隷の子孫の中に、聖書で語られるイスラエルの子孫がいるのではないか」

という問いが提起されています。

これは、単なる人種論としてではなく、聖書の預言、イスラエルの歴史、捕囚、そして現代の民族的アイデンティティをどのように理解するのかという問題として考えられています。

📖 申命記 28:15–68
📖 レビ記 26:27–45
📖 エレミヤ 30–31章


苦難の中での「目覚め」

しかし、聖書の物語は捕囚や苦難だけで終わりません。

預言書には、散らされたイスラエルが再びYahuahを求め、集められ、回復されるという約束が何度も記されています。

ホセア書には、

「イスラエルの子らは海の砂のようになり、量ることも数えることもできないほどになる。」

とあります。

また、エレミヤ書では、イスラエルを散らした者が再び彼らを集めることが語られています。

つまり、

散らされることだけではなく、帰還と回復もまた預言の一部なのです。

この視点から見ると、「目覚め」とは単に新しい情報を知ることではありません。

自分が誰なのかを問い直し、聖書を学び、Yahuahに立ち返り、真理に従って生きること。

それが本当の意味での目覚めなのです。

📖 ホセア 1:10–11
📖 エレミヤ 31:10–14
📖 エゼキエル 36:22–28


黒人とイスラエルのアイデンティティ

このテーマの中で、特に大きな議論となるのが、

「黒人、特にアフリカ系アメリカ人や奴隷の子孫は、聖書に記されたイスラエルの子孫なのか?」

という問いです。

この考えを支持する人々は、申命記28章などに記された預言と、アフリカ系ディアスポラの歴史との類似点を重要な根拠として挙げています。

彼らは、奴隷化、国々への散らし、名前や文化の喪失、迫害などの歴史的経験を、聖書の預言と結びつけて理解しています。

また、現代のアフリカ系アメリカ人の中には、自分たちをイスラエルの子孫として理解し、聖書のイスラエルのアイデンティティを取り戻そうとする人々もいます。

一方で、この解釈については、歴史学・聖書学・遺伝学などの分野で異なる見解も存在します。

だからこそ、このテーマを学ぶときに大切なのは、

「誰が正しいと言っているのか」だけを見るのではなく、聖書本文、歴史資料、系図、言語、そして複数の証拠を自分自身で調べること

です。


人種と聖書のアイデンティティ

「人種や名前は重要ではない」と言う人もいます。

しかし、聖書には民族、部族、家系、国民、相続、捕囚について非常に多くの記述があります。

イスラエルの十二部族についても、聖書は繰り返し語っています。

だからこそ、

「イスラエルとは誰なのか?」

という問いを無視することはできません。

同時に、現代の「黒人」「白人」という人種分類と、聖書における民族・部族・家系を完全に同一視することについては、慎重に考える必要があります。

重要なのは、最初から結論を決めて聖句を当てはめるのではなく、

聖書を読み、歴史を調べ、預言を比較し、証拠を検討すること。

そして、自分自身で判断することです。


真実は分断なのか、それとも目覚めなのか

このような話をすると、

「それは人々を分断するのではないか?」

という批判もあります。

しかし、真理を求めることと、他者を憎むことは同じではありません。

特定の民族を優れているとするために聖書を学ぶのでもありません。

むしろ、

「私たちは何を真実として受け入れてきたのか?」

を見直すことが目的です。

Yahushuaは、

「真理を知り、真理はあなたがたを自由にする。」

と語りました。

真理を知るためには、時に自分が長い間信じてきたことを手放す必要があるかもしれません。

それは簡単なことではありません。

混乱することもあるでしょう。

怒り、悲しみ、喜び、葛藤を経験することもあるでしょう。

しかし、それらを通して私たちは、何を本当に信じているのかを見つめ直すことができます。

📖 ヨハネ 8:31–32


人の言葉ではなく、聖書を調べる

Bible Studyにおいて最も重要なのは、

「誰かが言ったから信じる」ことではありません。

使徒17:11には、ベレアの人々についてこう記されています。

「その教えが本当かどうか、毎日聖書を調べた。」

この姿勢こそ、聖書を学ぶ者に必要なものです。

救世主の名についても。

イスラエルについても。

捕囚についても。

預言についても。

そして、自分自身の信仰についても。

聖書を開いて、自分で調べる。

伝統だからではなく、
有名な人が言ったからでもなく、
周りの人が信じているからでもなく、

「聖書には何と書いてあるのか?」

を確かめるのです。

📖 使徒 17:11
📖 2テモテ 2:15


真実を知った後、どのように生きるのか

真理を知ることは、単に新しい情報を得ることではありません。

もし私たちが聖書から何かを理解したなら、その理解は私たちの生き方にも影響を与えるはずです。

Yahuahの御言葉を学ぶ。

Yahushua Hamashiachの教えを学ぶ。

悔い改める。

Yahuahの律法を尊重する。

正しく歩む。

そして、知った真理を実際の生活の中で行う。

ヤコブ1:22は、

「御言葉を行う人になりなさい。ただ聞くだけの者になってはいけません。」

と教えています。

真理は、知識だけで終わるものではありません。

真理を知り、真理を受け入れ、真理に従って歩む。

そこに本当の変化があります。

📖 ヤコブ 1:22
📖 ヨハネ 14:15
📖 申命記 10:12–13


結論 ― 真実がもたらす覚醒

私たちは、これまで受け取ってきた名前、イメージ、歴史、宗教的伝統を、一度立ち止まって見直す必要があります。

救世主とは誰なのか。

その御名は何なのか。

Yahushua Hamashiachとは誰なのか。

イスラエルとは誰なのか。

イスラエルの捕囚と散らされた民について、預言は何を語っているのか。

そして、

私たちは何を信じ、どのように歩むべきなのか。

これらの問いに対して、人の言葉だけで答えるのではなく、聖書を開いて調べること。

Yahushua Hamashiachの御名を学び、イスラエルについて学び、預言を学び、歴史を調べる。

そして、最終的には、

人の伝統ではなく、Yahuahの御言葉に立つ。

それが、真理を求めるBible Studyの姿勢です。

「眠っている者よ、起きよ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、Hamashiachがあなたを照らされる。」
― エペソ 5:14

目覚めること。
真理を求めること。
聖書を調べること。
そして、知った真理をもって歩むこと。

Seek the Truth.
Study the Scriptures.
Walk in Truth.

📖 使徒 17:11
📖 ヨハネ 8:31–32
📖 エペソ 5:14
📖 2テモテ 2:15

時代の兆候の認識

このセクションでは、聖書の重要性を強調し、Revelation 16:8-9を参照して、私たちは預言された時代に生きていることを示しています。多くの人は気づいていないかもしれませんが、これらの詩は現在の世界で重要な課題に直面していることを示唆しています。この認識の緊急性は過小評価できません。

 

ヨハネの黙示録 16:8-9

8 次に、第四の天使が鉢を太陽にぶちまけました。すると太陽は、すべての人を火で焼く力を得ました。 9 人々は、その激しい炎熱に焼かれながらも、なおその心や態度を改めて、神の栄光を恐れようとはせず、かえって、災害をも支配される神の御名をのろいました。

気候変動と聖書の関連性

ここでは、気候変動と聖書の預言の明確な関連性を探求します。地球温暖化による世界的な気温の急激な上昇に関するデータを提示することで、現在の出来事と聖書との調和を説得力を持って示します。

熱波の経済的および社会的影響

このセクションでは、生命の喪失と経済的損害の両方における熱波の現実的な影響について詳しく説明します。これらの問題に対処するために、霊的な認識と行動の重要性を強調します。

最後の日の聖書的保証

このセクションでは、1 Thessalonians 5:2-3およびLuke 21:34-35などの聖書的証拠を提供し、多くの人々が時代の兆候を認識しない可能性があることを示唆しています。私たちは兆候を識別し、霊的な準備を奨励する監視者の役割を強調します。

 

 

テサロニケ人への手紙Ⅰ 5:2-3

2 その時を言い当てることができる人などいないことは、よくご存じのはずです。主の日は、夜中にこっそり忍び込む盗人のように、思いがけない時に来ます。 3 人々が、「万事順調で、平穏無事だ」と言っているような時、突然、災いが襲いかかるようにやって来ます。それはちょうど、出産の時、母親に陣痛が襲うのと似ています。その災いから逃れることができる人はいません。身を隠す場所など、どこにもないからです。

 

ルカの福音書 21:34-35

34-35 気をつけなさい。わたしは不意に来ます。その時になって、あわてふためかないようにしなさい。遊び騒いだり、酒におぼれたり、この世の心配事のために駆けずり回ったりしている姿を見られないようにしなさい。

 

結論

結論として、私たちのバックグラウンドや信念が異なるに関わらず、時代の兆候を認識し、それを真剣に受け止めることが重要です。天の父(Father Yah)に祈り、聖書の中に自分自身を没頭させることは、誘導、希望、そして霊的な力を提供します。証拠は明白です。私たちは非常に特別な時代を生きており、神に近づくための呼びかけに耳を傾ける時です。

個人の意見

私は異教徒として、天の父(Father Yah)に祈る重要性と聖書の学習の意義を探求することは、啓示的で謙虚な体験だと感じます。私自身の文化的背景が異なるかもしれませんが、霊的な成長、準備、そして認識の普遍的なメッセージは私に深く響きます。現在の出来事と古代の預言との調和が、私たちがより大きな物語の一部であり、私たちの行動が重要であることを厳然と示しています。これらの難しい時代に、私たちは祈りで結びつき、聖書の知恵を求め、より霊的に結びつき、責任ある世界に向けて努力しましょう。

目次

  1. はじめに
  2. アメリカの学校における人種差別と白人至上主義
  3. 人種差別的なホームカミングの提案の事例
  4. 文脈と分析
  5. 結論
  6. 個人的な意見

はじめに

アメリカの学校における人種差別と白人至上主義は、学生や教職員の生活に影響を及ぼす広範で深刻な問題です。これらの問題の存在は多くの人々に認識されているかもしれませんが、それらがどの程度影響を及ぼしているかについては十分に認識されていないかもしれません。

アメリカの学校における人種差別と白人至上主義

アメリカの学校において、人種差別と白人至上主義はさまざまな形で現れます。これには以下が含まれます:

人種差別的なホームカミングの提案の事例

人種差別的なホームカミングのプロポーズの事例は、アメリカの学校における人種差別と白人至上主義の鮮明な例です。この事例では、白人の生徒がソーシャルメディアにホームカミングの提案を投稿し、「それは黒人だった。もし私が黒人だったら綿花を摘んでいるだろう。でも私は白人だから、あなたを選んでいる」と書かれていました。(Gen Z世代の親は何を教えているのでしょうか。このコロナロックダウンで、ホームスクーリング時間が多くなったのも影響の一つと言えるでしょう)

 

"If I was black, I would be picking cotton,

but I am WHITE,

so I am picking you for HOMECOMING"

 

このプロポーズは非常に人種差別的で攻撃的です。それは黒人が奴隷労働に適しているというステレオタイプを広め、アメリカの奴隷制度と人種差別の歴史を軽視しています。

文脈と分析

人種差別的なホームカミングの提案は単発の出来事ではありません。近年、全国各地で同様の事例が報告されています。例えば、2022年にはジョージア州の白人の生徒が、「もし私が黒人だったら綿花を摘んでいるだろう。しかし、私は白人だからあなたを選びます」というホームカミングの提案を投稿しました。

これらの事例はアメリカ社会に存在する制度的な人種差別と白人至上主義を反映しています。これらの問題は特に学校において広範で、有色人種の生徒に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

 

 

この問題について詳しく理解するために、以下のビデオをご覧ください:アメリカの学校における人種差別のビデオ

結論

アメリカの学校における人種差別と白人至上主義は、学生と教職員に対して否定的な影響を及ぼす深刻な問題です。これらの問題について認識し、対処するための取り組みが重要です。

個人的な意見

私としては外国人として、アメリカの学校における人種差別と白人至上主義に深い懸念を抱いています。このような露骨な人種差別的なホームカミングの提案が、制裁なしにソーシャルメディアに投稿されることに驚いています。

 

異邦人として、アメリカの学校に存在する人種差別と白人至上主義に深い懸念を抱いています。こうした露骨な人種差別的なホームカミングの提案が、制裁なしにソーシャルメディアに投稿されていることに驚いています。

私は、人種差別と白人至上主義に対抗することが、どこであれ、いつでも重要であると信じています。私たちは、すべての人が、その人種や民族にかかわらず、尊重と尊厳を受ける社会を築かなければなりません。

また、黒人の学生が、単なる人種差別や白人至上主義の被害者だけでなく、強靭で賢い個人であり、これらの困難を乗り越える能力を持っていることを覚えておくことも重要です。黒人の学生をサポートし、彼らが最大限の可能性に到達できるよう助ける必要があります。