
前回のブログからだいぶ間があいてしまいました

書き途中のものもいくつかあったのですが、
いろいろバタバタしていたので、思いきってしばらくお休みしていました。
ごめんなさい

私は今、子ども達の学校のPTA本部役員もしているのですが、
この秋の文化祭の閉会式の際、会長が話された内容に
非常に共感を覚えたので、そのことを少しお話したいと思います。
先日、会長は久しぶりに高校時代の同級生に会い、
「お互いに当時はこれまでにないくらい頑張っていたよね」という
話をしていたそうです。
そして最後にその彼女は
「当時の自分達に負けたくないよね
」と言って微笑んだそうです。
それを聞いて、私も「あぁ、ほんとだなぁ~」と思いました。
高校3年生の時、私は美大受験のために過酷なまでに激しく勉強をし、
連日遅くまで予備校でデッサンを描き、
自宅では朝までデザイン画の宿題をしたりしていました。
予備校でその宿題の講評のある日の朝は、登校すると大抵まっすぐに
美術室へかけこみ、志望する美大のOBである美術の先生に見てもらい
ダメだしがあるとそのまま教室へは行かずに
すぐに家に帰って1から描き直すということをしていました。
そのために、その曜日にかかる週2回しかない授業の単位を
危うく落としそうになってしまいましたが、

普通にみんなと同じことをやっていたら倍率30倍の中での合格は
無理だと思い、自分にとって最も効果的だと思われる
ありとあらゆる方法を用いて必死にやっていたように思います。
確かにその当時の必死さと比べれば、
今の私はなんて生ぬるいのだろうと思うこともあります。
もちろん、当時の私はそれだけに集中していればいい環境でしたし
受験と仕事、家事、家庭など、一概に比較できるものではありませんが
あのパッションは忘れちゃいけないなと思いました

年齢を重ね、大人になっていくと、
経験値が上がっていろんな対処法も知恵も身につき、賢くもなります。
でも、その分、ひととおりのことを成し遂げてきたことなどから
ある程度の満足感や達成感も得られ、
慣れから新鮮味も失われていってしまうこともあります

そうなると、それが表情や言葉、姿勢など
自分の端々にあらわれてくるのですよね…。
私は永遠にパッションの人でありたい

誕生石のルビーの持つ言葉の意味のように情熱を持ち続け、
よい意味での幼なごころを忍ばせ、フレッシュであり続けたい

そう思います

光のアート、いろんなことが動き始めました

そのお話は、また次の機会にしたいと思っています

あなただけのタイムリーな「光のアート」を受け取ってみませんか

詳しくはこちら…「扉の向こう側」 まで

お待ちしております


