母が急に、謝ることがあると言ってきた。
何かと思って聞いてみたら、昔わたしがまだ幼かったころに嫌がって様々なところにしがみつくわたしを、力ずくで家から出そうとしたことがあるのだと。こういう体験はきっとどこかで心の傷になっているだろうから、悪かったというのです。
この出来事を確かに私は覚えています。何があってそうなったのか経緯はさっぱりなのですが(ちなみに母も全くそこは記憶にないそうです)、泣き叫びながら必死で棚や扉など様々なところに渾身の力でしがみついた記憶があります。お互いすごい力だったなあと思います。
しかしながら、わたしが思うにこれは単に印象的な出来事だったから記憶に残っているだけだです。なぜなら、そこまでの経緯はさっぱりなので、はたしてあれが理不尽な暴力だったのか、単にわたしがとんでもない悪事を働いたからなのか全く定かではないからです。なのでわたしとしては別に罰だったのかどうかということは問題ではなくて、単に〝泣き叫びながらしがみついた"という思い出があるだけなのです。
正直、こんな出来事よりももっと理不尽だと感じたことや負の記憶はいっぱいあります。些細なことで父に蹲った状態で蹴られまくったこととか。お気に入りだった王冠がついたネックレスを踏んで壊されたあげく(これは床に置いていたわたしもどうかと思うが)、痛てぇじゃねえかと暴力込みで怒鳴られたこととか。なんかよくわかんないタイミングで、その口のきき方はなんだと雑誌か新聞でぼこすか殴られたこととか。ぶん投げられて粉々になった鏡を夜中に掃除したこととか。夜中に母が脱衣所でうずくまっていたこととか。修学旅行後に帰宅したら帰ってこなきゃよかったのにと言われたこととか。腕を骨折してギプスをはめて帰宅したら、お前のケガのせいで夏休みに遊びにいけねえじゃねえかとキレられたこととか。夜中の両親の口論とか。両親の口論のさなか、心細くて兄にメールをしたら頑張れと返信がきただけだったこととか。兄は新品の服や文房具などを買ってもらえるのにわたしは全てがお古だったこととか。兄はちょっとしたことで褒められても、わたしはずっと出来が良いことが当たり前とみなされていたこととか。きりがないです。
母が、わたしにとっては見当違いのことで罪悪感を持ったように、わたしにとっては両親や兄がなんとも思っていないようなことが実はもっとずっと心の傷だったりするわけです。
書き出してみるとわりと虐待っぽくなりますが、これくらいのことは別に虐待ではないと当事者としては思います。みんながみんなこんな体験をしているなんてことは考えていませんが、森に置き去りにされるとか、もっとひどい体験をしている人はたくさんいるだろうし、逆に全くそんな経験がない人だっているでしょう。ただ、わたしが知っているのは、自分がいる家庭ひとつだけです。それを他と比べても仕方がない。自分のいる環境のなかでどのように生きてどんな経験をしてどう考え、それらを自分のなかで理解して飲み込んで成長していくのかということだと思うのです。家族については思うところがたくさんあります。けれど、この家族ではなかったら、わたしは現在の自分の倫理観や自立心を持てただろうかと思う面もあります。
良いのか悪いのかは、これから自分がどう生きるかで決まるのではないだろうか。
もしもわたしがぐれて悪事を働いたなら、社会は〝こんな環境で育ったから"だとしてわたしの家庭を悪とみなすかもしれない。けれど、わたしがこのまま真っ当に生きるのであれば、この家庭は〝いたって普通"として誰の興味関心も引くことはないのでしょう。結局、評価をするのは当事者ではなく第三者ですよね。
そんなものだと思うのです。

『神様メール』(原題 LE NOUVEAU TESTAMENT)/2015年/フランス=ベルギー=ルクセンブルク
監督 ジャコ・ヴァン・ドルマル/ピリ・グロワーヌ、ブノワ・ポールヴールド、他
とっても面白かったです。つい声に出して笑ってしまいました。
ストーリーはとってもわかりやすいです。〝神様"は実在していて、その神はパソコンで世界をつくっているのです。それはもう適当に。神の妻は女神ですが高圧的な神を前に殆どしゃべることがありません。そして〝神の子"もいて、彼の活躍は大体現実と同じ様子です。しかし〝神の子"にはエアという妹がいて、彼女は横暴で無慈悲な父に怒り反抗して家出をします。この彼女の反抗というのが、人々に余命をメールで送るという行動です。彼女は人々が父に〝弱み"を握られてしまっていることを哀れに思い、この行動にでたのです。そして現世で自分の〝使徒"を見つけるために、洗濯機から地上へ下り、人々と触れ合うのです。
大まかにいえば、愛をみつける物語でしょうか。その過程とかたちとキャラクターはかなり個性的ですが。ダークな要素もかなり多いですが、ほっこりできる映画でした。とにかくキャラクターがチャーミング。横暴な神様はそうとうクズなんだけど、終始コミカルで本気で苛々させられることはなかったように思います。
イエス・キリストもちょこっと登場するのですが、本当にちょこっと。妹には〝JC"と呼ばれています。この呼び方とってもフレンドリーでよいですよね。
発想がすごいですね。よくやったなぁ、と思います。しかしこれって、特定の宗教に強い信仰がある人にはどう受け止められるのかしら、、、ということはどうしても考えてしまいますね。宗教に関するパロディってその宗教を信仰する人にはどう受け取られるのかしら。
これは、あんまり面白要素をネタバレせずに初見で観た方が楽しいのではないかしら。
久しぶりにパンフレットを購入しました。内容は750円にしては薄いのですが、面白かったからいいや。

『ツイン・ピークス』(Twin Peaks)/1990~1991年/アメリカ/製作総指揮デイヴィッド・リンチ、マーク・フロス
カイル・マクラクラン、マイケル・オントキーン、シェリル・リー、シェリリン・フェン、ララ・フリン・ボイル、メッチェン・エイミック
BSで一挙放送中なので、観始めました。タイトルは聞いたことがありましたし、オープニングの曲もどこかで一度は聴いたことがある気がします。内容はさっぱり知りませんでしたが。
ツインピークスという架空の町で、ローラ・パーマーという美少女の遺体が発見されるところからストーリーが始まり、町へ捜査のためにやってきたFBIクーパー捜査官が一応主人公です。
現在、10話まで観たのですが、捜査は一向に進んでいません。ただただ町の人々がみんななんだか悪いことをしていたりなんだりということが少しずつ明らかになってくだけです。正直一話完結が多い、最近の海外ドラマに慣れてしまっていると退屈に感じる部分もあります。
しかしながら、どろどろとした街の住人達と進まない捜査の清涼剤としてきっとクーパー捜査官がいると思うのです!なんというか、とにかくチャーミングな不思議ちゃん系超絶美形さんです。
いつも黒いスーツでびしっときめているのですが、おいしいコーヒーとドーナツやパイなどの甘いものが大好きで好奇心旺盛、さらにチベットの文化に傾倒気味で若干オカルトチックな体験もするし発言もしちゃうというとんでも人物です。なんだかいつもニコニコしていて可愛らしい。一緒に捜査をしている地元保安官のハリーがお父さんみたいな優しい表情で見守っていることも相まってとっても微笑ましい。
けれど、観察眼がするどく能力はあるのです。
ちょっと飽きてきてはおりますが、クーパー捜査官が可愛いので最後まで観ようと思っています。それに、他の町の住人もやたらと美人が多くて目の保養なのです。
