「ねぇ?わたし今コーヒーの気分じゃないのよね。紅茶にしてもらえないかしら?」
〔 櫻井製薬 専務 執務室 〕
ついこの間まで殺風景で殺伐としていたこの部屋が、最近はホンワカと暖かい空気が流れているの。
それは、ここに雅紀さんがいるから。
経済界の首領の掌中の玉と言われたこの人は、実際に会ってみれば笑顔の素敵なとても優しい人で
首領の宝を奪ったと一時話題になった私の元婚約者は、今、苦虫を噛み潰したような顔で内線で紅茶を注文しようとしている。
「翔さん、俺が……」
立ち上がろうとする雅紀さんを手で制し
「お前はお茶汲みするためにここにいるんじゃないんだから」
雅紀さんを見るその顔はデレッデレで、決して社員には見せられないわね。おまけに
「未華子さん。
雅紀は仕事を覚えるために此処にいるんですから、つまらないことに使おうとしないでください。」
ですって。
「あら、いち社員に仕事を教えるのは専務の仕事じゃないでしょ?
翔さんが雅紀さんを一時も離したくないもんだからこんな所にデスクまで置いて」
「俺は…雅紀が自分の力で身を立てることが出来るように、と思って……」
「どうだか……
そういうのを公私混同というんじゃないの?
雅紀さん、仕事もプライベートもずっと一緒じゃ息が詰まるでしょ?
翔さんのところがイヤになったらいつでもうちにいらっしゃい」
「いえ、俺はそんなことは……
ただ、学歴も何もない俺がこんな一流企業でやっていけるか……」
「学歴なんか関係ない。雅紀なら大丈夫。
ほらっ、雅紀はイヤがってない!
余計なこと言わないでもらいたい。
だいたい公私混同は未華子さんあなたでしょ」
この人雅紀さんに甘過ぎだわ。
もっとも雅紀さんなら充分やっていけるでしょうけど。
それにしても、雅紀さんとわたしを見る目の違いったら。
別に、あんなしまりのない顔で見られたいとは思わないけど。
「俺と婚約解消していくらも経たないってのに、自分の運転手ととっとと籍を入れたのはあなたでしょ!」
「修(しゅう)は運転手じゃありません、秘書です!
それに、私と修は幼なじみでずっと一緒に育ったの!この形が私たちには一番自然なの。
だいたい彼には副社長のポストを用意したのに、私の秘書のままでいいって言う奥ゆかしい人なのよ!!」
「そうでしょうとも。
自己主張の激しい人じゃあ、あなたのお相手は務まらないでしょうよ」
修のことを言われてつい熱くなってしまう。
そんなわたしをここぞとばかりに弄り続ける翔さん。
腹立つ~
雅紀さん、あなたのパートナーはこんなイヤな奴なのよ。
そんなに嬉しそうにニコニコと見ていないで何とか言ってちょうだい!
つづく