250ページまではひたすら我慢(?)貴志祐介の最高傑作『新世界より』を読んだ! |   EMA THE FROG

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貴志祐介『新世界より』
(第29回日本SF大賞受賞作)


原稿用紙換算で2000枚以上、文庫版で上中下巻の大作ですが、「寝る間を惜しんで読み耽った」といったネット他での評価に違わず、(結果的には)僕も夢中になって読みました。

僕の中で貴志祐介と言えば、第4回日本ホラー小説大賞作『黒い家』。その感想はここでも紹介しましたが、望月峯太郎の傑作漫画『座敷女』を彷彿とさせる「怖い女」の描写にはマジでビビりました。<恐過ぎてこれ以上ページをめくりたくない>という経験は初めてだったし、怨霊やらモンスターやら、非現実な存在に頼らず「一番怖いのは、人間である」ということをあれだけのインパクトを持って表現できるのはすごいと、貴志祐介という小説家を素直に尊敬したのを覚えています。

そんな彼の<最高傑作>の呼び声高い今作なので、否が応にも期待は膨らんでいたわけですが、購入して読み始めてみると、意外なことにあまり面白くない。その日のうちに「あれ、なんかイマイチ……」と読み進めるのが苦痛になってしまいました。物語はサクサク進むものの、そこで展開されるのはゲームで言う「サブクエスト」的な、どう考えても本筋とは思えない出来事で、(最終的に伏線として生きてくるだろうことは予測できても)あまり熱中することができなかったんだと思います。結局100ページほど読んだところでギブアップし、この『新世界より』の上巻は、長らく本棚の中に仕舞われることになりました。

再びそれを手に取るキッカケは、ネットで見かけた「『新世界より』はとにかく250ページは我慢しろ。そこからは一気に面白くなるから」というような書き込み。たまたま出張で12時間も電車に乗る予定があったので、その言葉を信じてもう一度読んでみることにしたわけです。

結論から言うと、その書き込みは嘘じゃなかった。

冒頭~よく分からない球技の話が終わり(ここまでだいたい200ページくらいだった気がする)、主人公たちがキャンプに行って陸地に上陸した所から、いや、(軽くネタばれしますが)ズバリ言えばミノシロモドキを捕獲した所から一気に面白くなります。このミノシロモドキが「失われた歴史」を語る場面は、言ってみればSF的な<設定>そのものです。この作品がどういう世界観の上に成り立っているのか、過去にどんな出来事があって現在が形作られているのか、常識非常識、文化、風習、恋愛観、タブー、あるいは魔法(今作で言えば「呪力」)の種類や用途など、要するにその作品の「土台」を、そのミノシロモドキという●●●(ネタバレ防止のために伏字)が、延々と語るわけです。

余談ながら、小説を書く際にいちばん楽しいのが(そしてラクなのが)、この<設定を考える>作業です。例えば僕の書いた近未来SF『敦』という作品の場合、<郊外に打ち捨てられた二十数棟の団地が、増改築を繰り返すことで巨大な歓楽街「敦」を形作る。そこでは真似事の天皇制が敷かれ“マルヤマ“と呼ばれる天皇が毎日テレビで演説を行う>みたいな設定がベースになっています。こういうアイデアを練っていくのは楽しいですね。「あ、じゃあその敦を守る為に組織された警備班を作ろう。そこの班長は男色の制服マニアで……」、そんな風にアイデアがどんどん広がっていく。

アイデア(≒妄想)というのは往々にして無責任なもので、そして自己中心的でもあります。ですから、小説のハウツー本なんかには必ずこういうことが書かれています。曰く、「設定を設定のまま“説明する”のはNG。読者は物語を求めているのであって、あなたの考えたアイデアの詳細を知りたいわけではないのです」。

そういう意味でこの場面、つまり、ミノシロモドキ(というより、その姿を借りた貴志祐介自身)が、<設定>を「そのまま説明」しているこの場面は、小説マナーとしては本来NGなんです。もちろんこの場面は主人公たちとの会話を土台に進むのだけど、実際の所、ミノシロモドキが一方的に話していると言ってもいい。ですが、貴志祐介の「俺の考えたアイデアすげーだろ」的な態度に読んでいるこっちがわが苛立ちを覚えるかって言うと、全然そんなことないわけです。なぜか。その答えはシンプルです。

面白いんです。その設定自体が。

個人的には悪鬼と業魔の話が大好きですね。「橋本・アッペルバウム症候群」「ラーマン・クロギウス症候群」みたいな命名センスも好みです。

というわけで、この場面以降は、もちろん物語自体もテンポよく様々な出来事が起こって面白いんですが、やっぱりこの<設定>を追っていくのが楽しくて読んでしまうわけです。主人公たちの目や耳を通じて、読者はこの世界が必死に隠し通そうとしてきた「呪われた過去」を知ることになる。主人公を通じて世界の<設定>を見せるという手法は、考えてみれば村上龍の『歌うクジラ』にも似てますね。ただどちらが「面白いか」と聞かれれば、僕は迷わず『新世界より』を挙げます。

ということで、ご都合主義やら回収してない伏線やらはいろいろあるものの、
<設定>の面白さという点だけでも、充分に素晴らしい小説だと思います。

ただ、あの球技のくだりはマジでいらないと思う…。





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