お気にいりのBARが閉店してしまった |   EMA THE FROG

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ここ1年くらい通っていた某BARが先日閉店してしまった。とても残念だ。店のオーナー始めそこに集まる人たちは、深夜の駅前にたむろする、キャバクラとパチンコにしか興味のないクソサラリーマンとは違って、刺激的でまっすぐで芯のある奴が多かった。酒を、忘れるためではなく、知るために飲める場所だった。僕はいろいろな人と、そうだ、医学生、編集者、ダンサー、DJ、携帯販売員、役者、いろいろな人と、いろいろな話をした。思考停止の笑いはなかった。あるのは、互いを認め、出会えたことに感謝し、時には意見をぶつけ合わせ、理解し合う、そんな「正しい時間」に対してスタンプされる、証としての笑いなのである。閉店は残念だが、閉店することで、あの店で過ごした何十時間かが、パチッとラップで包まれたような感じがする。未完の小説が出版されないのと同じで、終りを迎えなければ、記憶が思い出に変わることはない。

話は変わるが、「売上」というものを考える際、一般的には「顧客」×「単価」で計算する。100人の客に、単価1万円の商品を売れば、売上は100万円だ。そして、1人の客に単価100万円の商品を売っても、売上は100万円だ。例えば僕がBARをやろうと考えたとする。その店を1ヶ月運営するには、どうしても100万円の売上が必要だとする。僕は考える。大勢のお客さん×低い単価、でそれを賄うのか、少ないお客さん×高い単価でそれを賄うのか。

ここで重要なのは、そこに、「少ないお客さん」×「低い単価」という選択肢がないということだ。月のお客さんがたとえば50人しかいなくて、1人1人が3000円しか払わなかったら、月の売上は15万円にしかならない。これでは店は立ちゆかない。家賃やら人件費やら仕入れやなんやらで、とにかく月に100万円の金がなければ店を続けることはできないのだ。

計算だけ見れば、数字だけ見れば、やはり誰しもが、「それならば、客の数を増やすか、単価を上げるかの努力をするしかない」と考える。そしてそれは、事実だ。しかし一度現実に目を向けたとき、そのどちらもが非常に難しい課題であるということが分かってくる。今のご時世(特にいまは放射能の話もあるし)、外食する人自体が減っている。いわんや酒メインのBARに来る人をや。お客さんの数を増やすのは大変だ。そして、より難しいのは単価をあげること。特に酒の場合、客ごとに一度に飲む量はだいたい決まっている。例えば僕なら3時間でビール5杯くらい。金額で言えば3000円くらいだ。もちろん、もっとたくさん飲む人も、もっと少ない人もいるだろう。ただいずれにせよその差はそれほど大きくない。30分で1万円分の酒を飲む人はなかなかいない。それなら高い酒を取り扱えばいい、という意見もあろうが、それはまた「こんなご時世だから」に戻ってくる。ショット3000円のウイスキーをガバガバ飲むお金持ちなんて、最近なかなかお目にかかれない。

そしてもう一つ、そもそもの話だ。「僕はなぜBARをやるのか」ということ。BARをやるのは、月に100万売りあげたいから、じゃあないわけです。月100万円の売上というのは、店を継続するために必要だからであって、目的は「そこでいろいろな人と、いろいろな話をしたい。酒を飲みながら、証としての笑い声をあげたい。忘れるためではなく、知るための酒を提供したい」みたいなこと。コンビニや吉野家みたく、大勢のお客さんがグルグル出入りする店じゃそれは無理だし、かといってお金持ちのオッサンしかこないような、平均年齢50歳とかの店も違うんだ。

何が言いたいかというと、今の世の中は、誰かが「俺、こんな店やりたい!こんな会社やりたい!」と思ったときに、それは人生を大きく左右する決断になってしまう、ということ。「そんなの当たり前じゃないか。半端な気持ちで成功する訳ないじゃないか」という意見はもっとも。僕自身は会社に守ってもらってる一サラリーマンに過ぎないから、反論の余地はないのだけど。たださ、なんていうか、もう少し気軽に、簡単に、いろいろな人が店や会社をOPENできて、一生懸命やってさえいれば(ここはとても重要)、何とか店は続けていける、そういう世界になったらいいのにな、と思うんだよな。今の起業って、なんか、生きるか死ぬか、みたいな話になってる。今だけじゃなく、昔からなのかもしれないけど、そのハードルの高さは、社会全体にとっても不利益なんじゃないか。

酒好きの僕としては、酒を飲みながらの熱い話好きな僕としては、個性的な個人店がどんどん少なくなり、どこに入っても大して変わらん大手チェーン居酒屋が乱立する駅前に、ちょっと悲しい思いをするのです。

※今回の売上云々の話と、僕の通っていた某BARとの間には何の関係もありません。念のため。




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