酒 |   EMA THE FROG

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    roukodama blog

これほど酔った状態で文章を書くというのは一体いつぶりだろうか。思えばフォアグラなりかけの肝臓を連れて豊橋を一人で飛び出たあの日、24歳になって半年たたない正月のある日、新大阪、界隈ではヤクザビルの呼び名で有名なボロアパートの六階から本格的に始まり、そして千葉に移動し結婚、家庭を持つ過程で人知れずフェイドアウトしていったこの「趣味」が、再びこうして現れた事に対する、正直言って手放しの喜びようはどうだ。タツロウの名の半分、達、という字の由来となる僕のおじいちゃん、達弥、数年前に他界した彼のことを、彼の奥さんである僕のおばあちゃんは「仏のような人だった」と言った。「本当に、仏のように優しい人だった。お酒を飲まなければ、あの人は、仏のような人だったのよ」。

僕が彼を誰かに語るとき、僕は彼に対する言いようのない尊敬、そして、単純な好意を、まるでヤンキーの友達を自慢することで自身の価値をあげようと試みるダサいガキのような口調で、話した。僕は彼を恥じた事があったろうか。あるいは、恥じることができるほど客観的であったろうか。テレビのコードをハサミで切り取り、裏の川に投げ捨てた話。それが事実なのかどうかということを僕は確かめようとしなかった。なぜなら、僕にとって彼が、「仏」であってはならなかったから。彼は僕に酒を教え、そしてその後のことは自分で考えろ、という哲学を教えた。僕は彼から、あるいは彼の「血」からアルコールを受け継ぎ、それ以外の何物をも受け継がなかった。小坂井、日中でも日の差し込まない暗い暗い台所の一番奥、食器棚に半ば溶けこむようになりながら酒を呑む達弥、その隣で、ただただ身体を固くして彼の話を聞くでもなく聞かないでもなく、ただ奇妙な緊張状態で、しかし決してそれが不快ではないと自覚してジッとしている小学生の自分。

酒を飲みながら、こうして書く。僕は酒がやはり好きなのだということ、味ではなく、酔っているという状態、あるいは、内臓と皮膚を裏返すようなヒリヒリした状態を、僕は歓迎しているということを強く感じる。僕は忘れるためでなく、知るために酒を飲む。飲んだ。そして僕は飲まなくなった。健康のため?父親として?社会人だから、もう三十だから。いろいろな理由は、止まらず過ぎる現実に、まるでポストイットのように貼りつけるだけで事足りた。酒?いや、酒によってもたらされる精神状態、もちろん、肉体状態。それを否定することも、あるいは肯定することも、理屈を獲得した「大人」の僕には容易いことだったのだ。

悪くない。そして僕はこの文章を公開するだろう。愛犬EMAの名を冠した、両親始めたくさんの親戚の読むあのブログの中で。僕は書く事で何かを弁明するのだろう。控えていたアルコール分を胃の中に招き入れた事を?否、そうではない。僕は告白するのだ。僕は未だに、何よりも僕自身にこそ興味があるということを。それを露出することに――少なくとも酒を飲んでいる間――何の迷いもないことを。

家飲みをやめて既に半年以上が経った。酒を備蓄するという習慣はもろくも消え失せた。しかし残念ながら、今日は家に酒があったのだ。先日両親が遊びに来た際に買って、飲まずに残っていた三本のビールを飲み干し、今は、嫁のお父さんからいただいたウイスキーを。うまくもなく、まずくもない。それは例えるなら、こないだ帰省した際に父親の本棚から拝借してきた、安部公房『他人の顔』の主人公が、事故により「蛭(ひる)の住処」と成り果てた自分の醜い顔の代わりにと製作する仮面のようなものだ。仮面を求め、実際に手に入れた後は、望む望まないに関わらず、彼はその仮面と生きることになる。酒と同じである。酒を飲んで以降は、酒を忘れることなどできないのだ。

今日の僕は、今や一般的なインフラにまでその地位を高めたyoutubeで、いろいろな動画を見ることで酔った。酒は、それを後押しするツールに過ぎない。僕のyoutubeジャーニーは意外な曲線を描いた。入り口は確か……そう、ガロ。バンドでなく漫画雑誌の方の。つげ義春、水木しげる、丸尾末広……、今はなきその雑誌の休刊を偲ぶという趣旨のドキュメンタリーをたっぷり見ている途中、僕は缶ビールを開けた。しりあがり寿、アラーキー、糸井重里、田口トモロヲ、蛭子能収。知らぬ世界、知らねばならぬだろう世界。「ガロで書くとき、目の前には真っ白な原稿用紙があった。何を書くのか、テーマ、文体、絵、それらがなくては書けない、そういう自由が、怖かった」おいおい、それって僕も同じ事を思ったよ。つまり僕は、自由の怖さを知っている。「何を書いたっていいんだぞ」その、白紙の怖さを、知っている。

アルコールに痺れた指先は独自の思考を獲得する。画面はガロを離れ、なぜだか銀杏ボーイズへ。峯田が不登校児に対してがなっている。「君らの暗い過去も、ここで俺らと向き合っていることを思えば、無駄じゃなかった!」そしてなぜだかマッドカプセル、。AA=。かりゆし、そしてモンゴル800、なんじゃそら。そしてこうして文字を書くに至、ituneで適当なオムニバス。Tha Blue Herbからマリリン・マンソン、LED ZEPPELINを経てconverge、そしてまたブルーハーブへ。思い出したけど途中shingo-02も通ったな。卍ラインっって。初めて聞いたけど、もう聞かないだろうな。

IKEAじゃないが、シンプルに生きる。いらんもんは捨てる。

さて。俺は今、五年前の俺と肩を並べ、そして沈黙する。好意も嫌悪もない。ただ、俺はあの頃の俺が夢中になったこの遊びに、久々に出会った。それだけ。楽しいことしてたんだな。お前。そして、お前のその複雑そうな顔の理由も俺にはわかるとおもうぜ。お前は今の俺を羨ましいとは思わないだろう。俺がお前の事を羨ましいと思わないのと同様に。ただし、捨て置くには惜しいと想う程度には理解を持つはずだ。

何の話だ。そう、酔っぱらいの話だ。酒は思想だ、そう言ったあの時の俺を思い出せ。そして、その未熟を笑い、今、実際には酒に思想を見出してしまった今の自分を祝え。

人生は、明るい。
一周回って、そう思うぜ。