今回のテーマは『コンバート』です。


西武球団の歴史のなかで、意外と多いのがキャッチャーから内野手、あるいは外野手へのコンバート。

古くは金森栄治、垣内哲也、高木大成など。

伊東勤の壁が高かったこともありますが、バッティングを買われてという要素も大きかったですね。


入団から数年、イマイチ起用法が定まらなかった森友哉もどうなるのか注目されましたが、辻発彦監督体制になるとキャッチャーで固定。

これでバッティングもさらに開花しただけに、辻監督の選手を見る目はさすがでした。


さて、キャッチャーからのコンバートで一番成功した選手といえば、やはり和田一浩になるでしょう。

東尾修監督時代の後半、各球団ともに(特に近鉄が)、苦手としていた左ピッチャーをライオンズ戦によくぶつけてきました。

それに伴い外野手かDHでの起用での出場機会が増え、そして少しずつ結果を出すようになっていった和田。

まあ、本人はキャッチャーミットに未練はあったとは思いますが、2002年のコンバートは自然な流れでもありましたね。



そのコンバート1年目、打率.319、30ホーマーでリーグ優勝に大きく貢献。

その後、通算2000本安打達成までいくことになるわけですから、大成功といえるでしょうね。




最後に敵将の名(迷)言を。

独走でリーグ優勝をした2002年のライオンズ。

和田の活躍により近鉄に大勝した試合後、負けた梨田昌孝監督がぽつりとひと言。

「ウチが和田を育てちゃったなぁ・・・」

梨田監督それ言っちゃう!?

なんて思いましたが、敵ながら憎めない監督でしたね(笑)