韓国旅日記2009autumn⑧

イメージ 1



朝鮮王朝を訪ねて②…

景福宮(キョンボックン)

1395年(太祖4年)創建された李氏朝鮮の正宮、景福宮(キョンボックン)は、
韓国を代表する古宮のうちのひとつ。5大王宮の中でも最も規模が大きい。

開国時に建てられ宮殿であったが、1592年(宣祖(ソンジョ)25年)、
豊臣秀吉による壬辰倭乱(文禄・慶長の役)によって全焼した。

その後273年間廃墟として放置されていたが、高宗(コジョン)の父、興宣大院君(フンソンデウォングン)が
1865年(高宗2年)再建に着手し、1868年(高宗5年)に創建当時の規模に復元された。

同年7月には高宗が昌徳宮(チャンドックン)からこの地に王宮を移した。
しかし1895年(高宗32年)、閔妃(ミンビ)が日本人の暴徒に殺害されるという事件があり、
翌年2月に、高宗皇帝がロシア公館に避難したことで景福宮(キョンボックン)は、
王宮としての運命を終えることになった。

主人を失った空き王宮となった景福宮(キョンボックン)は、1910年に国権を失い、
日本によって正殿の前に、総督府庁舎を建てられるなどして多くの建物が破損し、
昔の姿をほぼ失うことになる。

こうして大部分の建物はなくなったが、正殿や楼閣などの主要な建築物がまだ残っており、
朝鮮の正宮の姿を少しでも確認することが出来る。

景福宮(キョンボックン)の受難の歴史がここにあった。


第14代国王・宣祖(ソンジョ)の時代のドラマは、豊臣秀吉がよく出てきました。
後半は、ドラマ『 明成皇后 』で観れました。

悲しいことに、韓国の歴史には、大きく日本が関わるわけですが…


光化門(クァンファムン)は、復元工事中で、2010年の完工予定。

興礼門(フンレムン)
景福宮の背後には白岳山(ペックァッサン)が…
イメージ 2

王宮守門将交代儀式が行われてました。
イメージ 3

勤政門(クンジョンムン)
イメージ 4

勤政殿(クンジョンジョン)前の動物像
イメージ 5

イメージ 6

勤政殿(クンジョンジョン) 国宝第22号に指定されている景福宮の正殿。
国家の公式的な行事、つまり王の即位式や外交官の接待などが開かれたところ。
ここにも階級別の品階石がありました。
イメージ 7

中央には玉座があり、その後ろに張りめぐらせた屏風が印象的。
イメージ 8

思政殿(サジョンジョン) 思政殿(サジョンジョン)は王が日常的な業務を処理していた執務室である。
イメージ 9

思政殿(サジョンジョン)の中。龍の屏風は、神秘的なものを感じます。
イメージ 10

思政殿(サジョンジョン)の一帯にあった千秋殿(チョンチュジョン) 気になったのさ。
イメージ 11

康寧殿(カンニョンジョン) 
国王が生活する内殿の中心となる建物で、国王が仕事を終えた後に寝室として使われていた場所。
王・康寧殿(カンニョンジョン)と王妃・交泰殿(キョテジョン)の生活の場であり、宮殿の中心部に位置している。
イメージ 12

康寧殿(カンニョンジョン)の中。
イメージ 13

殿下の散策です。
イメージ 14

東宮一帯。王世子と世子嬪の生活の場。
イメージ 15

慶会楼(キョンフェル) 国宝第224号。
慶会楼(キョンフェル)は国王と臣下が、参席する重要な宴会や外国使臣を接待する宴会場。
イメージ 16


写真が多くなりました。分からなくなってきた~~
これ以上は紹介出来ないなぁ~。最後にここにも魔除けの「雑像(チャプサン)」が…
イメージ 17

その上には「かかさぎ」が…
イメージ 18

興礼門(フンレムン)を入ると、永済橋(ヨンジェギョ)のサネが迎えてくれます。サネは何だろう…
イメージ 19



近代化したソウルの町並みの中、古代へタイムスリップしたような気にさせられる。
今なお韓国らしさを感じられる、壮観な風景でした。

朝鮮王朝を訪ねる古宮の旅は、これが最後です。
もっと行きたかったのですが、体力勝負!!です。
次回はお弁当でも持って、ゆっくり一日かけて散策もいいかもしれません。

韓国3日目


ema