前プログの過去記事移転しました。[2006/1/21]
時代劇に嵌りまくってるemaです。興味があれば覗いてね~
李氏朝鮮(りしちょうせん、1392年 - 1910年)
この時代劇で出てくる用語ですが、サイト検索で調べたものを、コピペして集めたものです。
少し溜まったのでカキコしますが、まとまりがないかもしれません。
時代的に不鮮明な部分はあるかと思います。
今回王族の部分を少し取り上げました。(ここの字数の問題&検索してわかる範囲ですが…)
※わかるところしか(フリガナ)はつけていません。
また、呼び名も複数あったりして、間違っているかもしれませんが、ご了承願います。
違う場合は、ご指摘願います。
この時代劇で出てくる用語ですが、サイト検索で調べたものを、コピペして集めたものです。
少し溜まったのでカキコしますが、まとまりがないかもしれません。
時代的に不鮮明な部分はあるかと思います。
今回王族の部分を少し取り上げました。(ここの字数の問題&検索してわかる範囲ですが…)
※わかるところしか(フリガナ)はつけていません。
また、呼び名も複数あったりして、間違っているかもしれませんが、ご了承願います。
違う場合は、ご指摘願います。
李氏朝鮮は、国の体裁をまったくなしていなかった。
今日、韓国では誰もが不思議に思うことなく、李氏朝鮮を振り返って、「ウリナラ」(わが国)という。
しかし、李氏朝鮮は中国の属国であったうえに、内でも国家の体をなしていなかったから、
とうてい国(ナラ)と呼べるような状態になかった。
李氏朝鮮は、両班(ヤンバン)のためだけに、存在していた。
両班(ヤンバン)は支配階級であったが、自らの繁栄だけを求めて、
民衆を文字どおり容赦なく収奪することに専念した。
両班(ヤンバン)は勤労を蔑んだから、体を動かして汗を流すことを忌み嫌った。
両班(ヤンバン)たちは李朝500年を通じて、酸鼻をきわめた党派抗争にふけった。
今日、韓国では誰もが不思議に思うことなく、李氏朝鮮を振り返って、「ウリナラ」(わが国)という。
しかし、李氏朝鮮は中国の属国であったうえに、内でも国家の体をなしていなかったから、
とうてい国(ナラ)と呼べるような状態になかった。
李氏朝鮮は、両班(ヤンバン)のためだけに、存在していた。
両班(ヤンバン)は支配階級であったが、自らの繁栄だけを求めて、
民衆を文字どおり容赦なく収奪することに専念した。
両班(ヤンバン)たちは李朝500年を通じて、酸鼻をきわめた党派抗争にふけった。
李朝では、国王が立法、司法、行政、軍事などの全権を独占していた。
そして実際には、党派抗争に勝った士大夫や
両班(ヤンバン)達が、国王の名において、限りない虐政を行った。
社会構造は、国王を権力の頂点として、
上級官僚、貴族的特権階級
技術系の中・下級官僚
賤民(チョンミン)を除く農民、商人、手工業者など、一般人民のこと。良民(ヤンミン)とも言った。
下層民
そして実際には、党派抗争に勝った士大夫や
両班(ヤンバン)達が、国王の名において、限りない虐政を行った。
社会構造は、国王を権力の頂点として、
| 王族 |
| 両班(ヤンバン) |
| 中人(チュンイン |
| 常民(サンミン) |
| 賤民(チョンミン) |
の順序になっていた。
階級制度が複雑に入り組んでいて、両班(ヤンバン)をはじめとする上の階層が、
それぞれ下層の人々を軽蔑して、行動を監視する仕組みになっていた。
それぞれ下層の人々を軽蔑して、行動を監視する仕組みになっていた。
王族
殿下(チョナ):朝鮮の王 *「ちょ~な~」普通朝鮮の王は「陛下(ペハ~)」と呼ばれるものだが、
朝鮮の王は、中国の王から王位を授けられる立場にあるため、
中国の王と同等の敬称は使わせてもらえない。
一段階下の「殿下(チョナ)」になってしまうのである。
中国(明国)からの使者が「お世継ぎ問題」で朝鮮にやって来て、
王宮の人々が接待に腐心するエピソードがあるが、これも中国(明国)から承認を受けなければ、
正式に世継ぎとすることができないからである。
ドラマで、陛下(ペハ~)と呼んでるシーンもあるが…
大妃(テビ):先王の妃(皇太后)
大妃(テビ)などが、王の事を呼ぶとき「主上(チュサン)」と呼ぶ。
大妃(テビ)などが、王の事を呼ぶとき「主上(チュサン)」と呼ぶ。
中殿(チュンジョン):皇后(王妃)
| 豆辞典① |
媽媽(ママ)とは、王族に対する最高の尊称。(媽媽(ママ)=中国語で母になっていますが…)
*大殿媽媽(テジョンマーマ)*大妃媽媽(テビマーマ)*中殿媽媽(チュンジョンマーマ)
父上様(アバママ)とか呼んでますよね。
世子(セジャ):王世子(ワンセジャ)の略称。
王世子(ワンセジャ)は、王位継承することが決まってる、次代の王となるべき王子。国王の継承者。
通常は、正室が生んだ長男が王世子(ワンセジャ)となった。
王世子(ワンセジャ)は、王位継承することが決まってる、次代の王となるべき王子。国王の継承者。
通常は、正室が生んだ長男が王世子(ワンセジャ)となった。
邸下(チョハ):王世子(ワンセジャ)を呼ぶ時に使われた尊称。
世孫(セソン):王世子(ワンセジャ)の長男。
東宮(トングン):王世子(ワンセジャ)、皇太子の別称。王世子(ワンセジャ)が住む宮殿。
元子(ウォンジャ):まだ王世子(ワンセジャ)としての爵位を受けてない王の長男。
太子(テジャ):王子 *王妃が産んだ王子には「○○大君」、後宮(側室)が産んだ王子には「△△君」
公主(コンジュ):姫(王妃が産んだ姫)
翁主(オンジュ):姫(後宮(側室)が産んだ姫)
嬪(ピン):王の側室の最高位。正一品の位にあった。
「嬪(ピン)」の下には、「貴人(クィイン)」従一品の位、「昭儀(ソウイ)」正二品の位、
「淑儀(スギ)」従二品の位、と続き、側室の最下位「淑媛(スグオン)」従四品の位となる。
「嬪(ピン)」の下には、「貴人(クィイン)」従一品の位、「昭儀(ソウイ)」正二品の位、
「淑儀(スギ)」従二品の位、と続き、側室の最下位「淑媛(スグオン)」従四品の位となる。
| 豆辞典② |
敬称は、ドラマでよく聞くかと思いますが、朝鮮王朝19代王 肅宗(スクチョン)の側室、
朝鮮三大妖女と称された歴史上の人物・張禧嬪(チャン・ヒビン)は、
女官から側室の最高位である「嬪(ピン)」まで昇格。やがて正室まで。
王室を乱して降格され、それ以降は、側室から正室への昇格は禁止された。
階級制度
| ①正一品 | ②従一品 |
| ③正二品 | ④従二品 |
| ⑤正三品 | ⑥従三品 |
| ⑦正四品 | ⑧従四品 |
| ⑨正五品 | ⑩従五品 |
| ⑪正六品 | ⑫従六品 |
| ⑬正七品 | ⑭従七品 |
| ⑮正八品 | ⑯従八品 |
| ⑰正九品 | ⑱従九品 |
位は18段階に分かれたいた。①が最高位~⑱が最下位の順で階級がある。
側室の最下位「淑媛(スグオン)」従四品の位となる。
両班(ヤンバン)の官職は、職責によって位が定めてある。
| 豆辞典③ |
朝鮮の王
王の死後に贈られる諱(いみな)なのである。王の一生の功績などを考慮して名前が贈られる。
朝廷からは1文字の名前(「△宗」または「○祖」)が贈られる。
功績が多かった王には「○祖」、人徳の多かった王には「△宗」とつけられるとされている。
王になったからといって好き勝手なことができるわけではなく、王の言動などが、死後「史官」によって
「実録(シルロク)」という正史に記録される上、正しい政治を行わなければ王位(「宝位」と言う)から
引き摺り降ろされ「廃主」となる。
朝鮮王朝において廃位になった2人の王は、第10第国王・燕山君(ヨンサングン)、
もう一人は、第15代国王・光海君((クァンヘグン)
廃主は「△宗」「○祖」等の廟号は与えられず、「×君」のままであるだけではなく、
実録も「日記」、陵も「墓」として他の王と区別される。
朝廷からは1文字の名前(「△宗」または「○祖」)が贈られる。
功績が多かった王には「○祖」、人徳の多かった王には「△宗」とつけられるとされている。
王になったからといって好き勝手なことができるわけではなく、王の言動などが、死後「史官」によって
「実録(シルロク)」という正史に記録される上、正しい政治を行わなければ王位(「宝位」と言う)から
引き摺り降ろされ「廃主」となる。
朝鮮王朝において廃位になった2人の王は、第10第国王・燕山君(ヨンサングン)、
もう一人は、第15代国王・光海君((クァンヘグン)
廃主は「△宗」「○祖」等の廟号は与えられず、「×君」のままであるだけではなく、
実録も「日記」、陵も「墓」として他の王と区別される。
「王族編」はここまでです。
*ネット検索結果(中・近世)日韓併合の真実 崔基鎬 著 ビジネス社より
ema