思い出の場所を、散歩した。そこは学生時代から友達と来ていたところで、あの人とも行ったしあの人とも行った。1人でいくこともあった。そこにはいつも生の音楽があった。私の青春にはいつも音楽があった、とかいうとなんかすごく音楽ができる人みたいだけどそんなことはない。私は曲も書けないしギターも満足に弾けない。音楽好きなただのOLだった。でも音楽への思い入れはあった。
音楽というよりも、音楽がある生活の中にいる自分がただ、好きだったのかも知れない。とにかく私はただのOLなんだけども、音楽のことを思ってエモくなる私は本当の自分だと思った。生きていれば何が本当かわからなくなる。あの日純粋だった自分が本当なのか、あの日の方が嘘なのか。感情が正しいならば、私はあの頃の私が私のような気がする。ものすごく揺れていたからだ。
会社員になって、いかに揺れないかの練習をしてきた。ちょっとやそっとじゃ動じなくなった。そんな自分も悪くはなかった。プライドとか出来上がった。自己価値が目に見えてわかった。そんな自分も悪くなかった。
だから、急に揺らぐと驚く。揺らいだ今日わかったこと、エモは悪くなかった。揺らいだ方が気づけることが多いからだ。私は人生の端々で頭に浮かぶフレーズを持っている。バンプオブチキンのsupernovaという曲の、「鼻が詰まったりするとわかるんだ」の節は、いつも私に人生を振り返らせる。今まで呼吸をしていたことは鼻が詰まらないとわからない。だけど揺らぎは、詰まらなくても教えてくれる。感情の波が教えてくれる。するととても優しくなれたりする。揺らぎは悪じゃない。私はいつも揺らいでいたい。
