第5話です。
----------
ワゴンが、マンションの前に停まった。
「うぉ、タイミングピッタリだ。すげぇ、優希さん。」それまでの重苦しい雰囲気を壊すように真志がおどける。
「まぁね~。あ、でもゴメンね、遅くなっちゃって。」と姉ちゃんもおどけて言う。
「いえいえ、お姉さん、ありがとうございました。」「お姉ちゃんありがと~」と奈那たちが降りていく。
「2人ともじゃあな~」
「バイバーイ」「またね~」と2人がマンションに入るのを見届けて、また出発する。さすがに、SOAの話題はもう出なかった。
「さてと、次は真志くんかな?」
「ういっす、あ、でも最後にしてもらって、優希さんと2人でドライブもいいっすね。」
「あらぁ、それって口説いてるの~?カワイイ~。お姉さん、本気にしちゃうわよ~」
「俺、優希さん大好きっす!!」いつになくアホな真志。
「おい、姉ちゃん。彼氏に言いつけんぞ!」
「えぇ!!優希さんいつの間に彼氏出来たんすかー!!」
「もぉ、バカシュウ!今言うんじゃないわよ!空気読めっての。」
「おーい、シュウなんで教えてくれなかったんだよぉ~泣」
「待て待て、真志、お前姉ちゃんのことなんか全然話題にしてなかったじゃねぇか。」
「プー、ククク。」響一が笑いをこらえている。その脇で今にも死にそうな顔をしてる真志。
真志の恋は、今、儚く散った・・・。無情にも、真志の家へワゴンが到着する。がっくりうな垂れる真志を降ろし、次いで響一も
無事に送り届け、後部座席は唯夏だけになった。
「グスッ・・・。」突然、しゃくりあげる声が後ろから聞こえてきた。
「ん?どうした唯夏?おい、姉ちゃん、ちょっと止めてくれ。」
「はいはい。」ワゴンがハザードを点滅させて路肩に止まる。俺は助手席を飛び降りて、後部座席に移った。唯夏の隣に座る。
「ちょっと、シュウ、動かすわよ?」
「おっけー」再びワゴンが動き出す。俺は無言で唯夏の頭に手を載せてやる。小さい頃、俺が唯夏を泣かした時は、いつもこうすると落ち着いてたのを思い出したからだ。ところが、今日の唯夏は、落ち着くどころか、更に激しく泣き出してしまった。動揺する俺。何も出来ず、ただただ泣き止むのを待っていた。ほどなくして、唯夏は落ち着いたようだ。か細い声で
「ごめんね、シュウちゃん。びっくりしたでしょ。」とつぶやいた。
「いや、大丈夫。」
「あのね、優希お姉ちゃんが言ってた、イトパンのパパの最期の言葉『やり残したことばかりだ。』って・・・。」
「うん。」
「それ聞いて、悲しくなっちゃった。でね、考えてみたの。やり残したことって何だったんだろうって。」
「うんうん。」
「それを、みんなで見付けられないかなぁって。それで、今年のSOAで発表できないかなぁって思ったの。そうしたら、イトパンのパパも、天国で喜んでくれるんじゃないかなって・・・。」
「唯夏・・・。」言葉にならなかった。気の利いた言葉なんて、出ないもんだな。
「とっても難しいことだし、下手したら演劇部を敵に回しちゃうかもしれない。だけど、だけど、吹奏楽部のアタシたちにも何か出来ることがあるんじゃないかな、って思うの。」
「唯夏ちゃん・・・。」姉ちゃんも泣いてるっぽい。
「よし、難しいけどやってみようぜ。唯夏の気持ち、カタチにしよう。早速明日、みんなに相談してみようぜ!」
「うん!」力強く唯夏が頷いて、フワっと笑顔になった。姉ちゃんも微笑んでいた、ように見えた。
ほどなくして、俺の家に着いた。隣にはまだ唯夏がちょこんと座っている。
「姉ちゃん?唯夏の家行くの忘れてんぞ?」と俺。
「はぁ?シュウ、アンタがちゃんと送ってきなさいよ。すぐそこなんだから。」
「へいへい、分かりましたよぉー。」
クスクスと笑う唯夏。良かった・・・、落ち着いたみたいで。
「んじゃ、参りますか、唯夏お嬢様~」
「うん」2人並んで歩き出す。唯夏の家は、ちょっと大きな公園を挟んだ向こう側にある。見慣れた並木道を歩いて行く。
「なぁ、唯夏・・・。」並木道の途中にあるベンチを見つけて腰掛ける。
「なあに?」ちょっと首を傾げながら隣に座ってこっちを見る唯夏。
「あー、その、なんだ・・・、」口ごもる俺。唯夏が無言でこっちを見つめている。余計に口ごもる俺。
「・・・、SOA、絶対に成功させような。」やっとのことで言えた一言。
「うん!」フワッと笑顔になる唯夏。俺も釣られて頬が緩む。
「・・・やっぱり変わらないね、シュウちゃん。」
「え?何だそりゃ。」思わず笑ってしまう俺。唯夏もクスクスと笑っている。
「んーと、うまく言えないんだけど、何ていうか、ひたすら一直線なところ、っていうのかな。」
「んー、そうか?」
「うん。アタシいつも、どうせ無理だから、とか思って諦めちゃうから、シュウちゃんのそういうところ、羨ましいなぁって。」
違う、そうじゃない。俺は、唯夏がいたから頑張れたんだ。全部、お前のお陰なんだ。お前の、大好きな笑顔が見たいから・・・。って、言えなかった。突然、頭の中にさっきの会話がフラッシュバックする。
『(ヒソヒソ)でも、最近ちょっと気になる人がいて・・・』
そうだよ。こんだけカワイイんだから。好きな人の1人や2人いてもおかしくなんかないよな。頭では分かってる。でも、認めたくなかった。唯夏がとんでもなく遠いところへ行ってしまうみたいで。そう考えると、途端にやるせない気持ちになる。小さい頃、いつもそばにいた唯夏。どこへ行っても俺の後ろからトコトコ追いかけて来た唯夏。近所のクソガキどもにいじめられて泣いてた唯夏。多勢に無勢なのは分かってたのに、無謀に向かっていってコテンパンにやられた俺を見て、更に泣く唯夏・・・。
そんな唯夏が、俺じゃない誰かと一緒に歩く姿なんか見たくない。でも、仕方ないのか?頭を抱えてしまう俺。
「どうしたの?シュウちゃん??」心配そうな顔で覗き込んでくる唯夏の顔を見た途端、雁字搦めに抑え込んでいた想いが、堰を切ったように溢れ出てしまった。何も考えられず、ボロボロと涙を零しながら唯夏にしがみついてしまう俺。
「ちょっ、シュ、シュウちゃん?!」驚いた唯夏が、焦って俺の名前を呼ぶ。
「・・・ヤ・・・ダ、・・・イヤダ。置いて行くな。ずっと、死ぬまで側にいろ。1人にするなよ、唯夏ぁ。」
情けねぇ、ダメダメじゃねぇか。俺、どんだけカッコ悪いんだよ・・・。しばらく、そのまま唯夏にしがみついていたが、
「シュウちゃん、苦しいってば。」か細い声で、唯夏が小さく抗議する。ハッとする俺。
「っ?!ゴ、ゴメン、唯夏。」ひたすら謝る。ああ、やっちまった。猛烈な後悔の念が押し寄せるが、後の祭りだ。どうしよう・・・。ふと、唯夏の方へ顔を向けると、いつもの大好きな笑顔でこっちを見つめる唯夏がいた。あれ?怒ってるんじゃないの?
「ゴメン。でもさっき『気になる人がいて・・・』って聞こえちゃって、それで唯夏がどっか遠くに行っちまうって思って、それで。」
すると唯夏が可笑しそうにクスクスと笑い出す。
「唯夏?」もう、可笑しくて可笑しくて堪らないという感じで笑い続ける唯夏。
「もう。シュウちゃん鈍すぎるよ。アタシ小学校も中学校も女子校だったんだよ?気になる人なんて、1人しかいないでしょ?」
「?」訳が分からず、ポカンとする俺。
「アタシ、男の子の友達ってほとんどいないの。シュウちゃんと、イチくんたちくらいだよ?それだけしかいないのに、シュウちゃん気付いてくれないんだもん。はぁ~あ。シュウちゃんから告白して欲しかったのに、待ちきれなくなっちゃった。」
次の瞬間、フワっと俺の体が抱きしめられた。小さくて細い腕で俺を包んだ唯夏がゆっくりと語りかけてくる。
「シュウちゃん。アタシ、どこにも行かないよ?ずっとシュウちゃんのそばにいてあげる。シュウちゃんが大好きだから。」
恥も外聞もなかった。ただただ泣くことしか出来なかった。と、ゆっくりと体を離して唯夏がつぶやく。
「2回目だね。」
「ん?2回目?」
「うん。アタシが私立に通うことになった時、シュウちゃん『ダメっ!唯夏は僕のそばにいるの!』って言ったの。覚えてる?」
「あぁ、あん時か・・・、ハハ、覚えてるよ。」苦笑い。
「ふふふ。あの時も、シュウちゃん、大泣きしてた。でも、嬉しかった。あの時にシュウちゃんのこと大好きになったんだよ。」
「ハハハ。そうだったな。相変わらず、カッコ悪いな、俺。」笑った。泣きながらだけど、笑ってしまった。
「ううん、そんなことないよ。あの時は、別々になっちゃったけど、これからはずっと一緒だよ。桜花受けて、良かった。」
「唯夏・・・。」
「でも、まさか同じクラスになるとは思ってなかったの。入学式の日、クラス掲示の中に椿木愁哉っていう名前を見つけた時、驚いちゃった。きっと、楽しい高校生活になるなって思ったの。でもシュウちゃんってば、最初アタシに気付かないんだもん。失礼しちゃうよね~。自分が『そばにいるの!』っ言ったのにさ。」プクっと頬を膨らます唯夏。そして、ベンチから立ち上がる。
「でも、これからはずっと側にいるよ。シュウちゃんが嫌だって言っても、ずっとずっとそばにいるって決めたから。だから。」
「ん?」
「シュウちゃんも、ちゃんと側にいて。死ぬまで、ね。」今までで一番の、飛びっきりの笑顔がそこにあった。
俺、苦笑いするしかなかった。クスクスといつまでもいたずらっぽく笑う唯夏と手をつないで公園を出た。
次回、唯夏のママ登場?! 第6話につづく。