ダンジョン飯に憧れて | 晴れ、時々キャンプ

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2024年4月1日午後2時ごろ、茨城県沖合約200キロの太平洋上で操業していた漁船が海竜の死骸を引き上げた。

首長竜にも見えるその死体は腐敗が進んでおり、漁船は漁獲物に影響を及ぼすのを恐れ、それを海中に投棄せざるを得なかった。



・「海竜ヒレスープ」

その際、二人の20代の若い船員が比較的腐敗が進んでいなかったヒレを切り取り「海竜ヒレスープ」を作って食べたところ、激しい食中毒症状を発注し、通報を受けた海上保安庁のヘリコプターにより病院に搬送され九死に一生を得た。

回復した二人はまるで死にかけた事を気にかけない様子で、ライオスの気持ちがわかって嬉しいとインタビューに答えている。

海竜に見えた死骸は、実は腐敗して腹部が脱落して背骨が長い首のように見えるようになったウバザメの死骸である可能性が高いと、専門家は指摘する。だが人にとって恐怖と好奇心の対象となっているモンスターを二人の船員は、食べようとしたのか?


・ダンジョン飯に憧れて

その背景には、あるアニメの影響がある。

現在放映中の「ダンジョン飯」は1400万部が出版されたコミックを原作としたアニメである。異世界ファンタジーの世界を舞台に、竜に食べられた妹を助けようとする兄、上述のライオスである、を中心とするパーティがダンジョンを冒険する物語で、特徴となるのが糧食を携行する代わりに狩った魔物を調理して食べるシーンがメインとなっている点だ。

ドラゴン、マンドラゴラ、コカトリス、ミミックなどファンタジー小説やRPGではお馴染みの魔物の生態を大胆に設定して、それらを美味そうに調理するシーンは視聴者に満たされることのない食欲を抱かせる悪魔の飯テロアニメとも呼ばれるようになった。

そしてその渇望により、現実世界で本当に魔物を狩って食べようとする者が出てくるに至っている。冒頭の二人の船員の行動がその例にあたるのだ。

最近、全国で未確認生物を調理して食べようとする事例が増えており、健康被害が増加していて厚生労働省が注意を呼びかけている。


もちろん、現実世界に魔物はいないから船員たちは偶然遭遇した未確認生物を食べたのであるが、

恒常的に未確認生物を捕獲して食べようとする団体がある。東京都のNPO組織である「世界を救う美味いUMA」の趣旨は来る食糧危機に備えて、既知の動植物だけではなく未確認生物も食糧化する事を目標にしている。

代表の千重雄氏に話を聞いた。


・魔物もUMAも食えるんじゃ

NPO「世界を救う美味いUMA」(以下ウマウマ)の小さな事務所で千氏に迎えられた。

「UMAというとネッシーや雪男、ツチノコが頭に浮かぶじゃろうが、それらに限定して考えない方がいい。」

顔の半分を覆う豊かな鬚を蓄え、小柄だが格闘家のような体格の千氏はつぶらにも見える瞳に信念をたたえ、私に語った。彼は嘘は言っていないと私の記者としての経験が語る。少なくとも自分が真実だと思い込んでいる事を語っている。

「例えば墓地に行けばよく見られる人魂だ。あれは人の霊魂なんかじゃない。西洋ではウィルオウィスプ、東洋では鬼火などと呼ばれているが生物なんじゃよ。」



・「鬼火のスフレ」

「食べたことあるんですか?」

「もちろんだとも。一番ポピュラーでよく見られるUMAだからの。まず湿らせたキッチンペーパーをしきつめたフライパンでそっとなぎ払うように捕まえるんじゃ。網や手づかみじゃ逃げて行くからの。鬼火は実は炎ではなくて夜行中のような発光アメーバが飛行能力を得たものだと思えばいい。粘膜のように見える本体を泡立てて、グラニュー糖を加えるとメレンゲに似た素材が出来るから、それでスフレを焼けるのじゃよ。」

「味はどうなんですか?」

「卵で作ったメレンゲと何も変わらない味じゃよ。」

「じゃあ普通に卵を買って作ればいいのではないですか?」私はちょっと無作法な質問をした。

「そうなんじゃ。多分食糧危機で卵が手に入らなくなった時に、代用するものだと思っておる。」

千氏からは素直な答えが返ってきた。

「それとメレンゲではやはり食いでがなくて食糧危機に備えようにも頼りないんじゃ。」

「何か別のUMAの食糧化は考えておられるのですか?」

この問いに千氏の小さな瞳は輝いた。

「スカイフィッシュじゃよ、今追っているのは」

スカイフィッシュは世界中で写真やビデオに収められている、長くて直線的な小さいUMAである。その正体について、最も有力なのは昆虫の飛跡を長時間露光で捉えたものとする説だ。

「スカイフィッシュは写真では撮られても肉眼で目撃された例はないんじゃ。それだけ高速に動くには堅牢で空気抵抗のない殻に覆われて、ジェット推進機能を備えた生物に違いない。わしはこれを進化して高速飛行能力を備えたマテ貝だと考えているんじゃ。」

千氏の談話はスカイフィッシュの捕獲方法や「貝焼き」、「クラムチャウダー」などの調理方法にも及んだ。

私は「鬼火のスフレ」の試食を辞退してウマウマの事務所を後にした。


・魔法魔物研究家の見解

次に私が向かったのは、日本で唯一の魔法魔物研究機関である学校法人ホグワーツ浦和分校だった。

最近はなろう系作家志望者向け講座を開催して、知名度が高くになっている。JKローリングに名称使用の許可を得ているかは不明だ。

同校で魔物講座を担当する丸志瑠璃子氏に話を聞いた。目的はそもそも魔物または未確認生物を食べられるか、事例はあるのかだった。

話を聞くに当たって、千氏から聞いた「鬼火のスフレ」について意見を聞いてみた。

線が細く理知的で穏やかな外観の丸志氏からは、その外観を裏切る激しい反応が返ってきた。

「ダメダメダメ、絶対ダメー!」

ひっくり返って足をジタバタさせるのではないかと思うような勢いだった。

何がそんな拒絶反応を招いたのだろうか?

私の心を読んだように、丸志氏は本棚から辞典のような本を取り出しページを開いて、その中の写真を指差した。

エクトプラズムと題名のある古いモノクロ写真には、意識のない人の口や鼻から薄く光る物体が吐き出されるところが写されていた。

「鬼火やウィルオウィスプ、人魂なんかは起源は皆このエクトプラズムなのよ。分かる?写真見てよ、人の鼻や口から湧き出てるのよ、鼻汁食べるようなものなのよ!」



何かのスイッチが入ってしまったように、丸志氏は興奮している。

魔物の起源というのは大体にして腐敗した何かの死体だし、そんなもの食べるなんて言語道断というのが丸志氏の意見だ。それはわかるのだが、この激昂ぶりはなんだろう?何か前世のトラウマでもあるのだろうか?


ホグワーツ浦和分校を後にして夕焼け空を見上げた時、一瞬飛び交う体長のある生物が見えたのは錯覚だったのだろうか。


(記 古留地屋久男)