僕の年代だと料理の土井先生と言えばいまだに土井勝さんを思い出す。子供の頃テレビでよく見た独特の語り口と姿は今でも忘れ難い存在だ。土井勝さんのご子息が土井善晴さんで、同じく料理研究家であることはもちろん知っていたが、正直なところ、僕は土井善晴さんにはあまり興味はなかった。大変失礼だが、「親の七光り」のようなイメージを勝手に抱いていたからだ。

 

 その土井(善晴)先生に興味を抱くようになったのは比較的最近になってからだ。きっかけは土井先生が出演するテレビ番組だ。料理に関する土井先生の話には凡庸なリポーターにはない確かな知識と確固たるスタンスが感じられた。また一方で大変知識があるにもかかわらず、それをひけらかしたり、あるいは自分の考えを押し付けるような態度がなく、そこにはユーモアと奥ゆかしい人柄が感じられた。そんなわけで、いつの間にか僕はテレビの土井先生のファンなっていた。

 

 さて、土井先生のファンなどとと言ったが、実は先生のレシピ本は最近まで一つも持っていなかった。そもそもテレビで見るといっても、それは食リポやバラエティ番組で、肝心の土井先生の料理がいかなるものかも詳しく知らなかった。そこで思い立って買ったのが今回紹介する「土井家の一生もん2品献立」というわけだ。

 

 

 

 

 この本の帯には家庭料理本のロングセラーと書いてある。初版は2004年だから、確かに古いし、写真の土井先生も若い。僕がこの本を選んだ理由は、やはり土井先生の料理の核心は「家庭料理」という括りの中にあると思ったからだ。このロングセラー本には土井勝さんから受け継ぐ、土井流家庭料理のエッセンスがあるように感じられたのだ。

 

 この本の前書きには土井先生の家庭料理に対するスタンスが明確に語られている。

 

以前から不思議だったんですよ。「主菜」と「副菜」という考え方 -中略- そしたら栄養学的な見地なんだそうですね。「主菜」「大きなおかず」には、タンパク質が入っていないといけないらしい。でも、それは頭で考えた話。家庭料理はそんなんと違うんやないかな。ええ筍があったら、シンプルに煮て食べたい。それが「主菜」やと私は思う。 

 

「主菜」と「副菜」が混ざったような料理が今は多いですね。肉も野菜も入った、例えば炒め物のような「ワンディッシュおかず」をひとつ作れば、食事の支度がラクだと考えるのでしょう。でも実はそういう料理は高度よね。材料が多くなれば火の通り方も違うわけで、そういう料理は本当は難しくなるんです。

 

濃いだしは、味付けも濃くしないと味のバランスがとれません。そういう料理、そういう味は、ハレの日にたまに食べるからこそおいしいもの。毎日では飽きてしまうし、胃が疲れてしまって、からだにもやさしくない。

 

「おいしい味」とは「きれいな味」だと私は思います。

 

 土井先生は家庭料理は毎日食べる「あたりまえのもん」だとして、そのおいしい作り方を覚えることで、「一生もん」の料理の基礎が身につく、この本のレシピをそう位置付けている。家庭料理とは何かなどとは考えたことももちろんないが、料理というと、僕もついつい目先の変わったものを作る方向に走りがちで、基本的なことをなおざりにしている。さすがは土井先生だ。僕は前書きだけで、この本はいい本だと早くも納得した。

 

 さて最初に登場するレシピは「豚肉のしょうが焼き」と「落とし卵のみそ汁」だ。このレシピはなかなか良い。土井先生のしょうが焼きのポイントは「まじめにつけない片栗粉」。片栗粉はチョンと薄くつける程度が重くならずにいいそうで、実際にレシピ通りに作ってみると確かにそのとおりだとわかる。そして僕が気付いたレシピのもう一つのポイントは焼いた豚肉をいったん取り出して脂をふき取り、その後でフライパンに戻して「たれ」と混ぜ合わせるという工程だ。これで肉の脂っぽさが確実に落ちて軽めになる。何れにしても、飽きのこない味の仕上がりは土井先生の言う家庭料理のセオリー通りで、僕はもう3回くらいこのレシピをリピートしている。

 

 2品献立の相方「落し卵のみそ汁」は土井流の家庭だしをとることから始まる。この家庭だしは昆布とかつお節を中火弱で煮立てるだけのシンプルだけどオールマイティなだしで、実を言えば僕も日ごろから知らずに作っているだしだった。僕の場合は確か何かに書いてあるものを読んで作り始めたのだが、知らないうちに土井先生のレシピを実践していたようだ。この土井流家庭だしは後のレシピでも度々登場するが、作り方はいたって簡単、そして、このだしを使ったみそ汁を土井先生は「幸せの味がする」と評している。家庭だしはシンプルだけど「あたりまえ」なことに手を抜かない、土井家庭料理の基本ともいえる。

 

 2品料理のレシピは「肉じゃが」と「かぶのあちゃら漬け」とか、「ぶりの照り焼き」と「ほうれんそうのごまあえ」とか、「かやくご飯」と「鮭のつけ焼き」とか、何れも馴染み深いメニューが続く。そして10番目に登場するのが「親子丼」と「わかめの味噌汁」だ。写真のキャプションには土井先生の世界を示すキーワードがちりばめられている。

 

とろとろ卵の親子丼。家族も自分も好きだから上手に作れたら、一番うれしい料理。上手に作れたら、一生作り続ける料理。

 

からく(しょっぱく)なく、薄くもなく。だしが重すぎず、さらりとした飲み口。毎日のみそ汁は、がんばりすぎない味がいい。普通でいて、しみじみとおいしい一杯を作りたい。 

 

 親子丼は僕も大好物である。しかし自分で作ると「ふわとろ」半熟卵のところがうまくいかない。土井先生流のコツはこうだ。「ひときわグツグツと煮立っているところがあるんです。そこをめがけて、溶き卵を菜箸にツツーッとつたわせて、たらす。キュッと止める。また鍋中をにらんでグツグツと煮立っている違う場所に菜箸でツツーッ・・・」

 

 読むと理屈はよくわかるが、僕はまだ完全に会得はしていない。でもこのレシピを知って気分的には一段確実に親子丼が美味しくなった。

 

 13品目は「ハンバーグ」と「じゃがいもと玉ねぎのサラダ」。ハンバーグもとてもポピュラーな家庭料理だが、このレシピにも土井先生流の美味しいヒントがいくつもある。例えばその一。みじん切りにした玉ねぎをフライパンで炒めて甘みを出しながら水分を抜くこと。その二。食パンを牛乳に浸して肉と混ぜ合わせる。これはたねを柔らかくする秘訣のようだ。その三。たねを丸めるときにサラダ油を両手にしかっり塗ってまとめていくこと。レシピに沿って僕も作ってみる。

 

 

 土井先生は「うちのハンバーグが美味しい理由?きっと、たねの配合ではないかと思う。とても柔らかいたねです。手で持てないほどに。だから、まとめるときは手に油をたっぷりつける。」と書いている。この結果が写真にある表面の「てかてか」だ。

 

 さて、焼く際には柔らかいので崩れぬように皿から滑らせるようにフライパンに入れる。片面に焼き色をが付いたらひっくり返し、ふたをして6-7分蒸し焼きにして完成だ。

 

 

 

 

 土井先生のレシピではケチャップ、ウスターソース、赤ワインでソースを作るのだが、今回僕は少し自分でアレンジして自家製トマトソースと自家製サルナシジャム、そして赤ワインでオリジナルソースを作った。ハンバーグ自体はとても美味しいが、レストランや洋食屋とは違う、やはり基本的に家庭的な味だ。

 

 このハンバーグのレシピに土井先生はこう添えている。「レストランで修業をした時代から、まかないなどでハンバーグを作って、私も山ほど失敗をしてきました。その経験があって、完成したレシピです。おいしくてあたりまえ、だよね。」

 

 さりげなく書かれているが、土井先生にしてもいろいろ苦労されたり、修行されたりして今日があるのだ。ただ、こういうことを自慢げにくどくどと書いたり、話したりしないところが、土井先生の奥ゆかしいところで、僕はとても好感が持てる。

 

 レシピは「オムライス」、「かきフライ」、「おでん」から「すき焼き」と定番料理が幅広く続く。何れもひと手間かけた工夫があって、手順を踏んで作ればとても美味しく仕上がる。そして、どのレシピにも本の前書きにあった土井流家庭料理の哲学が貫かれている。土井先生のレシピはファッションで言えばトラッドの魅力だ。目新しさはないが奥深い、そしてそれがいつしか新しくも感じられる。土井先生、やはり只者ではない。

 

 

 

 

 

 

 北京には何回か出張したことがある。何れも数日の滞在で、ほとんど都心のホテルとその周辺にしか行っていないので、特別北京通というわけではない。ただ、行き先の関係で一度だけ比較的郊外にあるホテルに泊まったことがあった。その夜、同行していた中国人のカウンターパートが夕食に案内してくれたのは、日本で言えば地方の老舗食堂みたいな中国料理屋であった。「こんな古臭いレストランで申し訳ない。」と言うカウンターパートであったが、僕としては北京市内の今風なレストランより、こういう所の方が大歓迎であった。

 

 さて、そのレストランというか食堂で、カウンターパートから「これは北京を代表する地元食だから」と特に勧められたのが写真の麺だ。うどん状の太い麺(量はうどん2-3玉分はある)の上に味噌味ベースのたれ、そして刻んだキュウリやネギ等の野菜がのっている。これをぐるぐるとよくかき混ぜて食するのだという。見た目も味も、これはどこから見ても盛岡名物のじゃじゃ麵である。いや、こちらの方が本家本元に違いない。この料理を食べて、改めて北京というのは小麦料理の本場だということに気付かされたのだった。

 

 

 さて、今回のレシピ本はウー・ウェンさんの「北京小麦粉料理」である。僕がウー・ウェンさんを知ったのは比較的最近のことだ。確か誰かのブログかSNSで、彼女のレシピ本「大好きな炒め物」が絶賛されていて、僕もつられてその本を買ったのが最初の出会いだ。それ以来、僕は彼女のレシピの大ファンになり、本も数冊持っているという次第だ。

 

 

 

 ウー・ウェンさんは北京生まれで北京育ち。従って中華料理の中でも特に北京の家庭料理を中心としたレシピを紹介している。言うまでもなく、中華料理は我々日本人には最もなじみの深い料理だ。しかし、我々がよく知る中華料理というのは基本的に日本人向けに改良された、いわゆる町中華的な中華料理だと思う。一方で、ちょっと高級な中華料理屋の料理は、家庭料理とは異なる、いわば料亭料理みたいな中華料理が主だ。従って、中華料理というカテゴリーの中で、中国の本当の家庭料理というのがすっぽりと抜けていて、この部分に関して我々は実は良く知らないように思えるのだ。このことはウー・ウェンさんの本を読むと、はっきりと感じられる。例えば青椒肉絲のようなポピュラーな料理であっても、ウー・ウェンさんのレシピはとても新鮮で、僕から見ると全く新しいレシピとさえ思えるのだ。

 

 

 

  「北京小麦粉料理」の中で、例えばギョーザについてウー・ウェンさんは次のように書いている。「野菜の香りを皮で閉じ込めるところが、ギョーザの最も大きな、他の料理にない特徴です。」これを読んで「そうなんだ」と思わず声にしたのだが、僕はこんな発想でギョーザを考えたことはなかった。このあたりがウー・ウェンさんの本とレシピの魅力だ。(因みにここでいうギョーザは焼きギョーザではなく、中国で一般的なゆでギョーザ。)

 

 「北京小麦粉料理」では様々な小麦粉料理が取り上げられている。これは北京出身のウー・ウェンさんのまさに真骨頂だと思う。そして、その調理方法も多彩である。レシピは「水、ぬるま湯、熱湯でこねる生地」から作る麺類、ギョーザ、また麺棒で伸ばした生地で餡を挟むローピンのような料理のレシピがある。これに「発酵生地」を用いたシャオロンパオ(小籠包)やパオズ(中華まんじゅう)のような蒸し料理のレシピ、そして「水と油でこねる生地」を使ったレシピへと続く。

 

 麺のレシピを開くと僕が北京で食べた麺料理が、ジャージャン麺として紹介されている。「北京の最も代表的な麺の食べ方です。ジャージャン、つまり”揚げたみそ”はみそに肉を加え、油で揚げるようにじっくり炒めたものです。」中国人カウンターパートが言っていたとおり、これはやはり北京を代表する地元食だったのだ。北京の麺は見た目全くうどんなのだが、全体に柔らかいのも特徴だという。「北京の麺は、日本のうどんと同じですが、それほどこしの強さを重視しません。むしろなめらかで、モチッとしたやわらかさを大切にします。」

実際、レシピに沿って麺を打ってみると、水と小麦粉を箸で混ぜ合わせ、丸めて捏ねて伸ばして切れば出来上がる。うどんの一般的なレシピと比べても工程は比較的シンプルだ。

 

 思うに「うどんの麺はこうあらねばならない」というような固定観念に縛られ過ぎると、我々は本来ある料理の自由度を見失しないがちになる。以前フランスのアルザス地方を旅行したときに、見た目はピザだが無発酵の生地を用いたタルト・フランぺという地元料理を食べた。ピザとは異なる薄くパリッとした生地の食感が美味しかった。そして、ピザ生地はこういうものだという観念を一度取り除くと、違う美味しさが楽しめるのだとその時思ったものだ。「北京小麦粉料理」にはこうした固定観念を取り除いてくれるレシピがたくさんある。そこが新鮮で楽しい。

 

 麺料理のレシピから「メンピェン」という一品を作ってみた。これは 「生地を無造作に引きちぎる、というよりはバリバリと紙を破くようにちぎって鍋に落としていきます。なんともまとまりがなく、つかみどころのないおいしさ・・・」 とレシピにあるように、とてもシンプルな麺料理だ。捏ねて、伸ばした麺をちぎってそのままスープに入れれば出来上がりだ。

 

 

 先ず強力粉と薄力粉を半々の量で混ぜて水を入れて捏ねる。ウー・ウェンさんのレシピでは小麦粉は先ず箸を使って混ぜ、箸だけで生地をまとめてしまう。これも結構新鮮だったりする。この生地を最後に手で丸めて30分ほど寝かせる。その後、生地を今度は手でしっかりと捏ね、なめらかになったら麺棒で伸ばしていく。

 

 

 

 捏ねた小麦粉の生地ををきれいに伸ばすのは結構難しい。これは経験が必要だと思う。メンピェンの場合はちぎって鍋に入れるだけなのでまだいいのだが。

 

 

 

 次にスープを作り、そこに伸ばした生地をを引きちぎって投入する。スープは長ネギを油で炒めてから醤油を加え、さらに炒めながらこれをからませ、次に水を入れ、最後にスープの素を加えるだけのシンプルなものだ。シンプルながら醤油で焦がした長ネギが実にいい味を出す。出来上がったメンピェンのツルッとした麺の食感はワンタンに似ているのだが、大きさや形が不ぞろいなので、それがまた独特な食感と味わいを生んでいる。

 

 ウー・ウェンさんによれば、小麦粉料理はシンプルであっても、焦って乱暴に作ると絶対にうまくいかないという。その極意は「粉に水をなじませていく過程、こねて生地をつくる過程、成形の過程など、きちっと、ゆっくりつくらなければならない面があります。動かせない必要時間というものがあります。きまった時間で、きまった形、きまった味に正確につくるようになれば、それが小麦粉料理の上達の証です。」ということなので、これは肝に銘じたい。

 

 さてページを進めて北京家庭料理で最もポピュラーな小麦粉料理だという、ピンを作ってみたい。ところで、そもそもピンとは何なのか?

 

 「ピンとは小麦粉をこねて、丸く平たく成形したものの総称です。小麦粉はただこねて焼いても、固くて食べられません。そこで考えられたのがふくらませる発酵生地を焼く方法と、ここで紹介する層を作って焼く方法です。生地に油を塗って巻き、ひとひねりするだけで、信じられないくらい多層のパイ層になります。」

 

 僕は「北京小麦粉料理」を読んで最も面白いと感じた料理が、このピンだ。酵母やベーキングパウダーを使って食感を作り出す代わりに、生地を重ねた層で食感を作るという発想もあったのだ。これぞまさに固定観念の向こう側だ。今回はピンの中でも「北京の永遠の定番の献立の一つ」というローピンを作ってみた。

 

 作り方はそれほど難しくはない。薄力粉をぬるま湯と一緒に捏ねて伸ばす。生地が少し柔らかく、手や台にくっつくが何とかこなす。伸ばした生地の表面に調味料で味付けした豚ひき肉と葱で作った餡を広げる。これを何回か折りたたんで層を作り、再び麺棒で全体を広げてフライパンで何度か表裏を返して焼けば完成だ。

 

 

 

 

  焼き上がりをほおばると、やはり層になった小麦粉の生地の食感と葱の風味がいい。お好み焼きとも違う新しい食の体験だ。本のレシピには生地を巻いたり重ねたりした様々なピンが紹介されている。僕もいくつかを試したのだが、何れも生地の食感はもちろんだが、餡の味付けがとてもいいことに気付く。特別な調味料は使っていないのだが、日本式と少し違う、おそらく中国式の調味料の配合が絶妙で、これがウー・ウェンさんのレシピの大きな魅力になっている。

 

 さて、本のレシピはさらに発酵生地を用いた中華まんじゅうのような蒸し料理へと進んでいく。せいろを用いた蒸し料理は中華料理の一大特色だが、僕はこの本を読んだ後でとうとう中国式のせいろを買ってしまった。初めて作った中華まんじゅう(パオズ)は生地の包み方や閉じ方等にまだまだ課題が山積だが、味だけは結構いけた。これもやはり、ウー・ウェンさんの調味料の配合のなせる業である。

 

 

 

 

 

 小麦粉は料理に使う穀物としては最もユニバーサルな素材だ。中国だけでなく世界中には様々な小麦粉料理が存在している。それらは歴史や風土の違いから一見異なるようで、実は共通する部分が多い。例えばペキンダッグに使う小麦粉生地の皮は世界的に見ればフラットブレッドの一種であり、前回の記事で取り上げたギリシャのピタパンやインドのチャパティと共通している。そして、ここで固定観念を外せば、もっと自由な調理法が見えてくるような気もする。例えば麺であれ、ピンであれ、薄力粉と強力粉の配合や使い方をあえて変えてみれば、全く違う食感や味覚が味わえるかもしれない。そこには正解などない。この「北京小麦粉料理」には小麦粉料理に関して、そうした新しい発想を導くヒントが満ちている。そして「北京小麦粉料理」の最大の魅力は、やはり全てのレシピが本場の中国家庭料理の味付けや調理法に基づいていることだ。これはウー・ウェンさんの全てのレシピ本に共通している。そのレシピ通りに料理を作ってみると、我々が普段用いている味付けとの違いが明らかに感じられる。ポピュラーな中華料理を作ってもその仕上りはとても新鮮なのだ。

 

 最近僕は「ウー・ウェンの中国調味料&スパイスのおいしい使い方」という本を購入した。ここにも中国家庭料理のどんな新しい発見があるのか、今は興味津々なのである。

 

 

 

 

 

 

 ギリシャ料理と聞いて何か具体的なイメージが直ぐ湧く人は、かなりの食通またはギリシャ通の人だと思う。イタリア料理屋は巷に溢れているし、スペインバルもすっかりポピュラーになった。しかし、ギリシャ料理といえば、普段食することも目にすることもほとんどないと思う。

 

 ところで、僕自身はギリシャ料理が前から気になっていた。理由は二つある。一つは僕が敬愛するイギリスの料理人、Rick SteinがBBCの彼の料理紀行番組で度々ギリシャを訪れギリシャ料理を絶賛していたからだ。Rick Steinについては、このブログでもいつか取り上げたいのだが、彼の料理に対するセンスが僕は大好きなのである。そのセンスの核心はローカルな素材を活かし、シンプルだが時間と手間を惜しまない料理ということになると思う。そして彼によればギリシャ料理にはそうしたエッセンスが凝縮されているようなのだ。

 

 

 

  ギリシャ料理が気になるもう一つの理由は僕が何度か実際にギリシャ料理を食べる機会を得たことだ。ただ、僕がギリシャに旅行したわけではない。それは仕事で度々訪れる機会があったドイツでのことだ。ドイツには移民の関係なのかギリシャ料理屋が多い。夕食で適当にレストランを探して入ったら2日続けてギリシャ料理屋だったこともある。本場の味を知らないので評価は難しいが、ドイツで食べたギリシャ料理の印象は先ず野菜が多くてドイツ料理のように重くないこと、またスパイスや調味料が独特で、特にヨーグルトが調味料として使われていたのがとても新鮮であった。

 

 こんなわけでギリシャ料理に興味を持ち、そのレシピ本を探しているいちに本屋で偶然見つけたのが、アナグノストゥ直子さんの「ギリシャごはんに誘われてアテネへ」だ。著者の直子さんはギリシャ在住で夫はギリシャ人、この本の出版前からブログ「ギリシャのごはん」でギリシャ料理を紹介してきたらしい。この本は基本レシピ本だが、ギリシャ国内のおすすめレストランや食材店なども紹介されており、とても優れた食のギリシャ旅行ガイドにもなっている。

 

 

 直子さんによれば、彼女のギリシャ料理の先生はご主人の叔母さんだそうだ。ギリシャ料理自体も家庭料理的な素朴さを持っているように感じるが、この本にあるレシピは何れも家庭的な雰囲気のするまさに「ギリシャごはん」である。そして、そこにはギリシャに住み、そこに家庭を持つものだから書ける、ギリシャの生活のにおいも漂っている。この辺りがこの本を単なる旅レシピ本とは異なる味わいにしていると思う。

 

 本の表紙にはトマトとトマトが主役の卵料理、カヤナス(またはストラッツアーダ)の写真が使われている。ギリシャ料理のキーワードの一番はどうやらトマトのようだ。直子さんによれば「適当な肉や野菜などをとりあえずトマト味で煮ておけばギリシャ料理といってもおかしくないくらいです」ということらしい。トマトはイタリアをはじめとする地中海料理には欠かせない素材だが、ギリシャもその範疇に入るということなのだろう。

 

 この本の料理レシピのほとんどは本全体のページ数の約半分を占める「定番ギリシャごはんを食べよう」と題した最初の章の中で紹介されている。そこで最初に登場する、恐らくはギリシャを代表する料理であろうギロスとピタをまず作ってみよう。

 

 ギロスとピタ。ギリシャ人が大好きなナンバーワンストリートフードと紹介されても今ひとつピンとこないところだが、写真を見るとこれはトルコのドネルケバブに近い食べ物だと想像がつく。僕がドイツのギリシャ料理屋で食べた(メニューの最初にあった)のもこれだ。本文には「垂直に立てた串に肉を刺し、ぐるぐる回転させながら焼き上げるギロスは、トルコのドネル・ケバブや中東のシャワルマと混同されることがありますが、似て非なるもの。」と書かれているが、トルコから強制移住させられたギリシャ正教徒によってもたらされたというこの料理の歴史から、またその外見からもケバブに近い、もしくはケバブから派生した食べ物と言ってもよさそうだ。

 

 直子さんによればギリシャでギロスに使う肉は豚肉か鶏肉が基本だという。僕はギロスに使う肉は羊だと思い込んでいて、張り切ってラム肉を買ってきてしまった。こういう点がギロスとケバブが「似て非なるもの」なのかもしれない。レシピでは豚肉に、ニンニク、オレガノ、カイエンペッパーをもみこんで一日寝かすとあるので、ラム肉で同様に処理した。この本のレシピにはオレガノが良く登場する。このハーブもギリシャ料理のキーワードの一つのようだ。レシピでは寝かした肉をフライパンで焼いているが(さすがに家庭料理なので串をぐるぐるはしない)、僕は今回少し工夫をして、串を時々かえしながら肉にちょっと焦げ目がつくまで炭火で焼いてみた。時間と手間に余裕があればこの方が肉が美味しいと思う。

 

 

 肉の次はピタ(ピタパン)だ。先ず中力粉に塩とドライイーストを加え、さらに水も加えて練る。これを20-30分寝かしてから一枚分ずつに切り分け、それを丸めてさらに10分程休ませる。直子さんのレシピでは丸めた生地を直径17㎝くらいに麺棒で伸ばしているが、僕はメキシコ料理のトルティーヤ作りに使っているトルティーヤプレスを使った。もちろん麺棒でも何ら問題はない。伸ばした生地はフライパンに油ををひいてそのまま焼く。ギリシャ風ピタパンはふんわり&もちもちが特徴だそうなので、ここはそのような仕上がりを心掛けたい。

 

 

 

 ギロスとタマネギ、トマト等をピタパンに挟んで食べるのがギロピタだ。そしてギロピタの味の決め手はジャジキというディップソースになる。このジャジキ(本書ではジャジキだがザジキと書いてることも多い)こそ、まさにギリシャ的なソースだと思う。ジャジキが加わると確かにギロスとケバブとは「似て非なるもの」と言われても異論はなくなる。

 

 

 このジャジキを一言で言えば「ヨーグルトとキュウリとニンニクのディップ」ということになるだろう。ただ使うヨーグルトは水分の少ないギリシャヨーグルトだ。ここでギリシャヨーグルトが手に入らない場合は、普通のプレーンヨーグルトを一晩くらい布を使って水を濾すと同様のものが出来上がる(今回僕もこの方法を使った)。この濃縮されたヨーグルトにおろすか刻んだキュウリとおろしニンニクを加えて混ぜればジャジキが出来上がる(少々レモンなんか絞ってもいい)。ヨーグルトとニンニクとキュウリという組み合わせは少なくとも僕の日常生活にはかってない味だ。しかしこれが結構うまい。癖のある羊肉も後味がとても良くなるし、他のものにも使ってみたくなる。

 

 

 このギロスに象徴されるように、ギリシャ料理にはトルコ料理との関係性が感じられる。よく考えれば隣国なのだから当たり前なのだが、遠く離れている日本人は意外とその事実に気付きにくい。ギリシャ料理には世界三大料理の一つであるトルコ料理ほどの幅や知名度はないかもしれないが、洋の東西を包括するトルコ料理のエッセンスと、ヨーロッパ風の地中海料理のエッセンスがうまくミックスされて独特の味が作られているように僕には思える。

 

 この本を読んで感じるギリシャ料理の大きな魅力の一つは野菜料理の豊富さだ。旅番組などでも見ることがあるトマトやピーマンに米を詰めたゲミスタも美味しそうだし、ズッキーニやジャガイモ、トマト、インゲンをシンプルにオレガノなどの香辛料とオリーブオイルを加えてオーブンで焼くブリアムなんかも簡単かつとても美味そうだ。シナモン風味のトマトソースなんていうのも是非作ってみたい一品である。何れも日本的な野菜料理とは異なる、エーゲ海にそそぐ太陽の光の下で食べる野菜料理といった趣で、冷えた白ワインにとてもとても合いそうである(僕は白ワインが大好き)。

 

 さて野菜料理の代表として、ギリシャチーズの代名詞であるフェタチーズとホウレンソウを使ったパイ、スバナコティロビタを作ってみた。著者の直子さんによれば、パイはボリュームがあって味もおなかも満たせるところが人気で、ギリシャ料理を語る上では絶対に外せないものだという。また、ギリシャでは様々な季節の野草を使った野草パイがよく作られるらしいが、これは日本人が季節の山菜を喜ぶ感覚ととても近いように思える。苦みのある山菜の風味は他のギリシャ料理とも相性が良いような気がする。

 

 パイに使ったフェタチーズはギリシャを代表するチーズで、羊やヤギの乳から作られる。塩味が強くてちょっとねっとりとした感じだが、切ったトマトとキュウリに崩したフェタチーズを混ぜオリーブオイルをかけると、あっという間にグリークサラダが完成する。このサラダは飽きない味で今や僕の定番サラダとなっている。フェタチーズは、これがあるとなんでもギリシャ料理になるような万能選手だが、今はネットでも簡単に手に入る(僕はコストコで購入)。

 

 

 

 

 この本を読み、実際に料理を作ってみて、僕はギリシャ料理がますます好きになった。何れも基本はシンプルで、材料も特別なものを必要としない。ただ新鮮なものであることは重要だろう。野菜のギリシャ料理は魅力的だが、魚介料理にも美味しい調理法がたくさんありそうだ。新鮮な魚にたっぷりのレモンとオリーブオイルなんていうのは、いかにもギリシャ的だと思う。ギリシャの魚介料理を見ていると、われわれ日本人は一度醤油を離れてみると料理の世界が広がるように感じる。

 

 何れにしても、この本はギリシャとギリシャ料理のことを教えてくれる格好の入門書になっている。アナグノストゥ直子さんは最近も「ギリシャのごはん」というレシピ本を出しており、ぜひこの本も読んで読んでさらに深くギリシャ料理の世界を知ってみたいところだ。

 

 最後に一つ付け加えると、ギリシャ語のなせる業なのか、料理の名前がとても難しく、覚えにくい。