何時の時代でも、悪事を働く人間は必ずいます。
誰だって「誰も見てないから…」と思ったことは一度はあると思います。
でもそれは、誰にも迷惑をかけないからこそ許されるものであって、
それを誰かに対する加害行為や反社会的行為にしたものが、所謂犯罪と呼ばれるものです。
ネットが発達し、様々な情報の入手や、他人とのやり取りが簡単に出来る今の時代。
文明の発達に伴い、犯罪を犯す行為そのものも、昔より簡単に行えるようになった一方で
それを抑止するための法律は未だ古い時代のまま、殆ど変わっていません。
一方で文明が発達したおかげで録画や録音技術を獲得し、
またスマホのおかげで誰でもそれが簡単に行えるという意味では
摘発をしやすくなっている時代でもあります。
ただ、逆に誰でも簡単に通報を行えるようになったがために
警察が管理すべき案件も同時に膨大になっていて
全てに手を回す暇がない、というのが現状でしょう。
そんな問題を解決するためには
余程優れた教養を施し、人々の人格を育て上げるか
法整備をし、犯罪を起きづらく、また容易に摘発しやすい環境つくりが必要なわけです。
最近はいたるところに設置されている監視カメラ。
将来的に公共の施設等、不特定多数の人間が集まる場所に対して
設置を義務付けることで犯罪の発覚を知る重要な役割を果たしていくと思いますが
どちらかというと事後処理の役割が強く、即効性のあるものではありません。
では根本的に犯罪数を減らす上で何をすべきかと言われれば、
「火種が大きくなる前に消す」という行為を増長させていく他ありません。
最初に言った通り、人間誰しもやましい部分や攻撃的な感性というのは持ち合わせているので
それを完全に消し去るというのはあまりに非現実的であり、
また教養によってそれを抑止するなどといった方法も一種の宗教じみたものであって、
理解を示さない相手にとっては効果がない上、施す側に多くの人格者が必要となるので
それを確立し、維持するという図式を作り上げるのはほぼ不可能と言っていいでしょう。
(もちろん根本的な原因と成り得るので、教養は重要な意味をもちます)
そうなった時に、個ではなく全としての機能を果たす法という絶対的なルールは
全ての人類に対して大きな抑止力となり得る、というよりは
「法でしか」その絶対的な抑止力は生まれない、と言ったほうが正しいでしょう。
今の法が放置され、まともに法整備されない理由は幾つかあるかと思います。
1.経済効果に繋がりづらい
2.事件が起きても被害者にならなければ所詮他人事であること
3..多くの人間が、人に言いづらい過去を抱えていること
辺りがぱっと出てくるところでしょうか。
1つ目はどれだけ犯罪を抑止しようと、多大な死者が出るような事件は稀であり、
その整備に掛ける費用を経済発展に回すべきと多くの政治家が考えていること。
世界についていく上で、もちろん経済政策は非常に重要であるのは事実ですが、
発展した現代社会における癌のような存在を放置し続けているというのが現状です。
2つ目は先日の京アニ放火事件は誰でも簡単に大量殺人が出来る一例となりましたが、
同様の事件は今の社会で幾らでも起こり得るということです。
今後、国会や国の中枢に対して行われる可能性もある中で
「現状大丈夫だから」と、議員以外の多くの人間も
その「話題」を使って勝手に盛り上がったり、ビジネスのネタに使用するだけで
起きたことに対する危機感をもっている人間は殆どいないでしょう。
(実際の被害者や関係者の人は今も尚痛感していることかと思います)
3つ目は言葉通りですが、例えば人生で一度も喧嘩をしたことが無い、
一度も過ちを犯したことがない、と断言できる人は中々いないのではないでしょうか?
人と喧嘩で殴り合い、悪口を言い合った経験は私自身ももちろんあります。
それらも、大人になって行えば傷害罪となる犯罪ですが
そうした経験があるからこそ、人は「悪い」というものを理解していきます。
問題はどの段階で、どの領域までという非常な曖昧なもので
現代の少年法が抱える闇でもあります。
本来は子供は守られるべき、として作られた存在が、
今は犯罪者をも守る存在として忌み嫌われているのは、
それが現代社会で正しく機能していないからこそ起こり得てるわけです。
例えば、他人を傷つける行為を行ったのであれば
それと同等の躾を本人に施し、加害者に被害者の気持ちを理解させる仕組みを作る。
必要以上にものを壊したら、その分の借金は親ではなく子供に背負わせる仕組みを作る。
ようは「やったこと」を「なかったこと」にする仕組みを辞めて
実際にやったことを何らかの形で「当人」に清算させるのです。
大人になれば服役という形で「時間」は奪われますが、
それによって己のやったことを理解出来ないのであれば、その行為もただの無駄でしかありません。
そもそも、加害者は勝手に罪の清算を国にしてもらえるのに
被害者はただ国が捌いてくれるのを指を加えて見ているだけです。
何をもって反省とするか、人として信用できるかの判断は非常に難しく、
また人間の心境は移り変わるものですから、何時同じ過ちを犯すかもわかりません。
そういったことを防ぐのに必要なのは、罪の意識を忘れないように継続的な謝罪を行わせることです。
例えば、定期的に報告書を提出する、被害者がいる場合、何らかの定期的な謝罪を行う。
また二度と犯罪しません、と断言するのであれば
プライバシーを制限し、継続的な監視を行えるようにすべきです。
(発信機の装着義務や、専用端末でのネット利用など)
現実問題として、犯罪者の数が多すぎてそこまで徹底的な監視を行えないのでしょうが
逆に言うなればそうした制約を認められないのであれば
半永久的に縄に繋ぎ続けておけば良いだけなので
何れかのタイミングで法整備をしない限りは絶対に改善はし得ないわけです。
(警察の数に対して追うネズミが増え続けるばかりでしょう)
また、どの段階で罪とするのか、というのも非常に曖昧な部分の1つです。
例えば生活をしていれば、他人と口論になる機会は少なからずあると思います。
喧嘩のつもりはなくても、意見の食い違いによって、それが周りに喧嘩とみなされる場合もあります。
普通に生活しているだけでも、生活音が隣人の迷惑になったりと
加害行為と認められるのは結局どこからなのと言われると、
感じ方もまた人それぞれな部分もあり、著作権的な闇を抱えているように感じます。
人間、一時的な感情の昂りというのはどうしても起きる生き物ですが、
同時に学習が出来る生き物ですので、例えば人格攻撃のように
明らかな個人に対する誹謗中傷を続け、改善が見られない場合や
器物破損や暴行等を続ける場合、
特定個人や企業に対する殺人予告や加害行為(性犯罪等)
そして当たり前ですが殺人行為
辺りは明確な線引きを伴って然るべきなのではないかと思います。
殺人行為については被害者に対する償いが不可能な時点でどう扱うかが難しい問題ですが
終身刑を伴いつつも、反省が見られるなら専用の施設内で多少の自由を与える、
前述の監視要約を設けた上での釈放を行うなどが妥当なところでしょうか。
(もちろん大量殺人犯などは二度と釈放しないでいただきたいですが)
因みに上記の誹謗中傷行為などは、ネットでの発言を含めます。
匿名なのをいいことに「誰にもバレないから」誹謗中傷を行っても良い、とするなら
法整備する意味がありません。
なので過激な発言を続ける相手に対してもっと簡単に規制が行える仕組みが必要です。
では世界で一切悪口を言えなくなるのか、と言われると鬱憤も貯まると思うので
例えば定められた一部の場所…例えば昔のアングラだった2chや
個人のSNSでの発信など(ただし他人に対する発信は規制の対象とするべき)
双方の合意の上であるなら、そういった発言も認められるようにします。
(不特定多数が利用する場で荒らして回る行為について、もっと手軽に捌けるようにって話なので)
TVの芸人さんとかも、予めそういう契約の元で演者の方々は出演している、
というのを明示することで、そういった発言を容認できます。
ちょっと上で著作権の話をチラッとしましたが、
言ってしまえば「相手が納得しているなら」良いわけで
例えば相手を罵倒するにしても、それが相手の同意の上なら別に問題ないわけです。
(格好はつきませんが、これから悪口言うぞ!?って喧嘩する時に合意を取ればいいわけです)
なのでそういったルールをもっと明確化することで、
広がりすぎているグレーな部分から棲み分けをさせよう、というお話ですね。
最終的にサイトの運営側がグレーなものを望んでいるのであれば
この問題については現行維持な部分は否めませんが
子供なども利用する健全な所謂「表」サイトについて
国が率先してクリーンな環境を作っていくことに意味があるかなと。
よくオタクやロリコンがーみたいな文言で煽る方々もいますが
別に自分達のフィールドでやっている分には何の問題も無いわけで、
逆にそのフィールドを完全に奪う行為は問題の解決ではなく放棄でしかないですからね。
後こういったネットの発言を表向きとして規制することで
所謂「元犯罪者」の人権については逆に守ることが出来ると思うんですよね。
最終的にその人がどれだけ反省して、周りから信頼を得られるかという問題ではありますが、
前述の要約を呑んで社会復帰したのであれば、
それが原因で誹謗中傷の対象にならないように保護するとでも言いますか。
ようはそれをし始めたら、やってる側が犯罪者になるわけですからね。
好き嫌いや認める認めないは個人の自由ですし、事実が消えるわけではないので
採用など、社会的区別を完全に無くすことは出来ないでしょうが
罪を犯すというのは、ある意味消えない傷を覚悟してやれよって話ではあるので
じゃあ特定の会社に入れないから差別だ!って騒ぎ出すのは今の社会じゃ違いますし、
やりたいことがあるなら自分で自発的に幾らでも出来る時代ですからね。
後はどうやって生きるかはその人次第の話なので、
例え私生活を公開してもクリーンで充実した日々を送れないわけではない、
というか殆どの人は就活だったり芸能活動だったり、
自らの活動について社会に認めてもらって、それで社会生活を送っているわけですからね。
それと同じことをしろってだけの話なので、それで認めない社会が悪いって言い出すのは
お前犯罪しといてどの口が言ってんのと言われても仕方がないよねと。
文句があるなら認められる結果を積んで、身の丈にあった人生を送ればいいだけの話なので。
なんか途中からやや脱線してきた気もしますが、
そういった諸々の問題を放置している現代の法律は
全く犯罪者やその予備軍に対する抑止力として不十分であるというお話でした。
私は現在の警察事情まで詳しくないので、現状どうなってんの?とか知らないのですが
新体制を作って管理しきれるの?という問題については
どのラインで確立されるのかはわかりません。
公にしたらしたで今いる犯罪者集団に弱みを握られる結果になってしまいますし、
世界中の企業が隠蔽無くすために情報開示しろよっていうのは無理があるとは思うんですが
なんでも隠し通せるシステムについてはちょっと色々問題があるなぁとは思うんですよね。
最終的にその大本である警察側ですらそれが可能となった時、
じゃあその警察を誰が裁くの?っていうのがまた1つの問題ではあります。
実際、それで公になると困ることがあるからこそ、現代の法律がこの形式なんだろうなぁと。
管理する立場になるということは、相応の責任が伴うわけで
当然人格者である必要はあるし、何なら管理だけでなく
実際に命のやり取りをしにいく現場もあるわけで。
そんな中で一体警察になりたい人間がどれだけいるの?と言われると
それはもう本当に凄いアド無いと中々普通に人が目指す職業では無いなとは思ってます。
その辺考え出すと経済政策についても同時に色々絡んで来るので、
じゃあ変えましょうっていうのも、まぁやりづらいというのもわかるんですよね。
ただ放置を続け、人同士で争いあいながら死んでいく結末を目指すより、
ルールを明確化して棲み分けをして、
「放棄」ではなく本当の意味で「自由」な世界を目指せるんでないかなぁと、私なんかは思いました。
正直、私の生きている間にその政策がなされるかどうかはわかりませんが、
スマホによるネットの普及率、人類のネットの依存性の加速具合から考えるに
数十年と立つ間には、そういった部分がもう少し明確化してくるんではないかなと。
私と同じように疑問に思う人がいて、危機感を持てる人間がいて、
国会の層が塗り替わっていった時に、よりネット社会も住み良いものになるのかなと。
一先ず言えるのは、犯罪減らしたいならまず法整備しましょうよ
(じゃないと警察も一生手なんて回らないでしょ)っていうお話でした。
こういったことを考えるに至ったのは、やはり先日の事件がとても大きいのですが
改めて考えた時に事前に抑止できる問題が放置されすぎているなぁと。
銃社会じゃない日本だからこそ、ネットで闘争を求めているのかもしれませんが、
その影で増長する形で紛れている犯罪者まで放置してるのはやばいよねと。
色々語りつつも、結局私も部外者の立場からの戯言でしかないのですが、
逆に実際に被害にあった人たちって、なんかもう喪失感とかで気力を失ってそうで
自分がこんな思いをしたからもう他の人に同じ思いはさせない!
とか奮い立つ人って、あまりいないと思うんですよね。
本当はそういった方々が中心となって、国に訴えて貰えたほうが効果的なんでしょうけど。
良い人格者を生み出すことで、良い国として評価してもらって、世界的な評価を得る。
愚直な経済政策より、正直そっちの方が先を見据えたプランになると思うんですよね…
もちろん人柄だけで守ってもらうのはやや難しい部分もあるので、その他の技術的要因も必要ですが
そういう意味では日本の創作文化って世界的に評価され始めてるので
国はそういった部分をちゃんと認めていってもいいと思うんですよね…
戦争の無い時代で、人の精神的拠り所として創作文化って凄い大事だと思うので。
一生語れそうだし脱線しすぎてるので一先ずこの辺で終わっておきます。
なにはともあれ、より良い国に、世界になっていって欲しいと思います。