わりとありふれたストーリーですが、つい最近の作品です。犬と飼い主の友情を描きました。
十一月十四日、今日はわたしの誕生日。わたしも今日で十五歳になる。十五歳になっても昨日今日でたいして変わったような気はしない。
ただ、去年の誕生日とは大きく異なっていることがある。身長も伸びたし体重も増えた。学校の勉強だって去年よりも難しくなった。仲のいい友達だってたくさんできた。
でも、そんなことは今のわたしにとって日常の些細な出来事の一部に過ぎない。わたしは去年の誕生日から今年の誕生日にかけて、厳密に言うと今年の夏、かけがえのないものを失った。わたしが小さい頃、まだ幼稚園に入る前からずっと一緒だったネロが亡くなったのだ。
――ネロは近所のペットショップでずっと売れ残っていた子犬で、わたしの三歳の誕生日に父が買ってきた。そしてこの日からネロはわたしたち家族の一員になった。
まだ小さい頃のネロはなにをするにもわたしについてきてとてもかわいかった。ご飯を食べるときも、外で遊ぶときも、寝るときも、いつもわたしのそばにはネロがいた。それは、ネロがうちに来てから二年後、三年後もずっと変わらなかった。
ところが、わたしが中学校に入る頃にはネロもすっかり年をとり、一日の大半を寝て過ごすようになった。その頃からわたしはネロの死を意識しはじめるようになった。
「ネロ、おやすみ。また明日ね」
寝る前は毎日欠かさずネロにおやすみなさいを言った。
「ネロ、おはよう。学校に行ってくるね」
学校に行く前は毎日欠かさずネロに行ってきますを言った。
「ネロ、ただいま。もうおなかペコペコだよ」
学校から帰って来たら毎日欠かさずネロにただいまを言った。
でも、そんな毎日も長くは続かなかった。
「ネロ、ただい――」
ある日、わたしが学校から帰って来たらネロはもう動かなくなっていた。ふさふさの毛並みは昔からずっと変わらない。でも、身体はその柔らかさとは裏腹に、道端に落ちている石ころよりもずっとずっと冷たくなっていた。
わたしがネロの死を受け入れるまでだいぶ時間がかかった。ショックのあまりしばらく学校も休んでしまうほどに。でも、そんな気持ちに踏ん切りをつけようと、――せめてわたしがお墓を。そう思ってわたしは庭にネロを埋めた。ネロが好きだったおもちゃと一緒に。
――そして、わたしは十五歳になってからもネロとのおしゃべりは毎日欠かさずやっている。
「ネロ、わたしね、今日で十五歳になったの。ネロと逢ったのは十二年前のこの日だったよね。ねえネロ、庭がとってもきれいだよ。真っ赤な紅葉の絨毯が敷き詰められて。でもね、お母さんは所詮落ち葉なんだからさっさと箒で掃いちゃいなさいって言うんだよ。ねえ、ネロはどう思う?」