el surfo crafts&arts

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流木を素材にモノづくりをしています。
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誰も読んでないけれど、
自分を整理する唯一の媒体となっているこのブログ。
好きに書こうと思う。

虚無、孤独。
いまだに消えない胸に貫通した大きな穴。
それは幼いころからあって、僕と共に育ち共に生きてきた。
それなしに僕は世界を受け止めた経験がない。

穴を埋めるための憎しみと怒り、暴力への衝動。
それらがいままで補ってきたものは、生への執着や欲望だった。
「アメリカン・ヒストリーX」のデレクのように。

憎しみの対象がないと生きている意味が見つからない。
「なぜ生きているのかわからない」という銃口がずっと背中に突きつけられている。
きっと振り返ってその銃口をのぞきこむと、柔らかな黒い死がベッドに横たわって手招きしているのだろう。

ベッドのへりに立ってする、自殺の練習。
人を憎んでいるときだけ虚無を忘れられる。

年をとったと思う。
僕はもう少年ではなくなった。

足元にいまだにひろがっている黒い穴も、
胸にあいた穴も、
あの若々しい鋭い痛みを失った。
渇きは鈍り、代わりにあるのは
なにもかもが鈍化した老いへと続いていく広大なイメージだ。

「レス・ザン・ゼロ」という映画があった。
ゼロより少ない、という意味だ。

90年代という、動物園から逃げ出した象みたいな時代の直前に公開された作品。
なにを欲していいのかわからないまま、若さや経済力、情報や時間をもてあましていた時代。
その時代の落とし子達は死語となった「ジェネレーションX」と呼ばれていたはずだ。

「レス・ザン・・・」主演のR・ダウニーJrがそのあとドラッグで表舞台から姿を消したように、
僕もなににすがっていいのかわからないまま、
他人を真似し、他人の顔だけを見ていた20代前半。
そこで見失った自分を激しい憎悪とともに取り戻そうとした20代後半。

極右思想やギャングスタ。
暴力、血。
それは虚無から一番遠いもの。
力であり、思考停止であり、思想のモルヒネであり、迷いに対する特効薬。

結局、虚無の大きさだけ憎しみも強い。
20代の終わりになにもかも台無しにするほどの破壊的な結末でそれは終わった。

いまだに発作のようにあの時代の感覚がうずく。
そんなときはグロテスクなものをむさぼるんだ。
世界中の殴り合いの喧嘩の動画を何時間も見たり、交通事故の動画を見たり。
僕のなかの黒い獣が腹を満たすと、
僕は激しく、後悔する。

まだ透明な朝が来ない。

こんなことをいつまでもひきづっていたら、
また僕は僕自身を破壊するのだろう。

一生追い求めていこうと思っているテーマがある。
それはナチによるホロコーストのことだ。

暴力を正面から正確に見つめていこうと思う。
僕はやがてそこから離れて内なる虚無をむしろ、
遠いイマジネーションの宇宙につながるトンネルに変えていくだろう。

破壊はいずれ静かな知識へと変わるにちがいない。
深海のように黒く豊かな「知る」という世界へ。

僕は暴力とどう向き合うのだろう。
戦時中みたいに全体主義がなにもかも染めていったとしたら。

僕が特攻隊だったら。

愛する人のために敵艦に突っ込むだろうか。
もう侵略の手先はいやだと味方に突っ込むだろうか。
あるいは、手を貸さないという覚悟のもとに自決するだろうか。

それらの選択肢は実は全部正しいんだと思う。
どれも自分の善悪を知り、その上で運命を自分で選択しているのだから。
そこに存在するのはジャッジする基準が人によって違うという現象だけだ。

ダウニーJrがドラッグから立ち直り、「アイアンマン」になったように、
ジェネレーションX達はみな、自分をそれぞれの場所で選び取り獲得していった。

彼らはもう虚無を鈍いうずきのようにしか感じることができない。
あの痛みはもう無くなったんだ。
僕もまたドラッグのような憎しみから卒業する年齢になった。

戦争を、ホロコーストを、知りたいと思う。
そこにある「真実」「正義」を知りたいのではない。
すべてを押し流す暴力や、ある一元的な思想。
そのなかで僕はどう自分を「しがみつかない」ようにすることができるか。
自分を常に流動的で相対的なものとすることができるか。
ある考えに従うことで自分を守るということをやめたい。

僕の虚無が教えてくれるものがある。
生きることはそもそも虚無、ということだ。
生命を生命で満たすのは自分自身の一瞬一瞬の選択だ。

「人生の意味を問うのではなく、人生に意味を問われている」
   V・フランクル 『夜と霧』より

最初から持っていた世代、
命賭して守り抜く主義を、あるいは耐え抜くべき悲劇を持っていた世代よりも、
ジェネレーションX達にこそ知りうる次元がある気がしている。

僕はしょせんすべてに「ニセモノ」でしかない。
スラングでWack(なりたがりの偽者)と呼ばれたやつらでしかない。

真ん中にはなにもない。
あるのは、穴だけだ。

生きるということは、
この穴の意味を
この穴を好きになれる理由を
探すことだ。









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