もう2年も前の事である。
ちょくちょく高知新聞で投稿記事が掲載されているが、「カッパとキレジ」という題名で載ったのは小学生時代のあだ名について触れた記事だった。
数日後、思いもよらない人からサロンに電話があった。
「すみません、そちらのサロンはウエタ君のところで合っていますか?」
細い声とゆっくりとした喋り口調は少しご年配のご婦人のようだった。
「そうですが」
「あ!よかった!私、カネ・・・あ、旧姓で言わないと分からないか」
「ミキです!ミキ先生です!」
何と、電話の声の主はカッパとキレジ時代の小6の担任、ミキ先生からだった。
「えーーっ!!ミキ先生ですか!!」
接客中のお客様の前で大声を出してしまった。
小学校以来・・・40数年ぶりの・・・サプライズだった。
ミキ先生はスソの絞ったジャージとトレーナーが良く似合う颯爽とした若い美人教師だった。
サバサバとした性格、よく通る声、おぼろげに蘇る記憶に目の前が少しボヤけた。
「新聞見ましたよ!懐かしくてお電話しました」
「いい文章書きましたね、今度介護タクシーでそちらに伺います」
「いやいや先生、僕がご自宅にお伺いしますよ!」
「先生、ちょっと今接客中でして・・・必ずお伺いしますので、お電話ありがとうございました!」
電話を切ったあと、住所を聞かなかったことを後悔したが狭い町なので何とかなるだろう、そう思った。
忙しい年の暮れを越し、新年を迎えた頃、人に聞きまわってやっと先生のご自宅が分かった。
高台の一軒家、ドキドキしながらインターホンを鳴らしたが返事はなかった。
お隣の住人に聞いてみると、体調を崩されたようで留守にしがちという事だった。
電話をいただいてすぐに動かなかった自分を責めたが、そういう事情なら少し時間を空けようと思った。
春、夏、秋、冬、季節が変わるたびにインターホンを鳴らしてみたが、なかなか返答がなかった。
そうして迎えた去年の暮れ、ついに「はーい」と返事があった。
玄関先に現れたのはミキ先生だった。
少しお年を召されたが、相変わらずの細面の美人さんだった。
「あの・・・、2年前に新聞に投稿した記事を見たとお電話をいただいたウエタと申しますが覚えてますか?」
「まあ、わざわざ来ていただいて・・・教え子が訪ねて来てくれるなんて、まあうれしい」
そこからの会話は、小学生の子供に戻り先生と喋っているような、そんなノスタルジックな気分だった。
「あなた、ちょっとそのニット帽をとってちゃんと顔を見せて」
60前のオッサンの顔をまじまじと正面から見つめる先生に照れて視線が泳いだ。
「まあ、あなたはいい顔をしてる」
「子供の頃に男前でもそのあとに悪い人生を歩めばそうでもない顔になるもの」
「あなたは今、とてもいい顔をしている」
「あなたは・・・【いい人生を歩まれましたね】」
思いもよらないひと言に驚き涙腺が緩んだ。
思春期、理容師の修業時代、決して美しくもなくもがき続けて辿り着いた今を、
「それでいいのですよ」と肯定され、何か優しいものに包まれたような暖かい気持ちになりポロポロと涙が溢れだした。
「先生、ありがとうございます、またちょくちょくお伺いします」
小学校先生って偉大だ、
「大きな声で挨拶をしよう」「ごみを拾おう」「友達を大切にしよう」「親に感謝しよう」
思えば人生で大切な事は小学校時代にすべて習っているような気もする。
心が洗われた私は帰りの車の中で心機一転、
朝サロンの前を行き来する人達に大きな声で「おはようございます」の挨拶運動からしてみようと思った。
そして今回の出来事も記事にして投稿してみた。


