
大学院のときの思い出
昨日から、転職先でフルタイム勤務になった。
この時に挙げたように、
(1)新工場立ち上げに関わる業務
(2)ラボタスクのアシスト
(3)クライアント仕事
(4)大学との連携
初日からこれらすべてに着手し、、、
(1)関連文献の読み込み
(2)プロセスのドキュメント収集し、再来週からは毎日6時出勤でまずラボタスクをすることに
(3)生産を手伝い始めたが、同時にあるアイデアのための材料も注文した
(4)実際に装置を借りられるか大学のスタッフにコンタクトし可能性を模索
それで昨日、新工場のプロセスに思い切り関係している、オーフスで会ったデンマーク人の博士論文を読んでいたら、、、
オーフスで会った、元PhDのひと
んん??と目が止まった写真、、、
わたしの恩師とまぁまぁ交流があり、わたしが大学院生のときに一度食事したことのあるK大学のS先生(もちろん日本人)の写真が掲載されていて、それを見て懐かしくなった。
「動物のお医者さん」11巻で、菱沼さんが、学部で購入するかもしれない2億円する透過電子顕微鏡を使うには、その試料切片を切り出すためにガラスナイフを作らなければならないがなかなか難しいことを訴えているが、私もガラスナイフを作ったことがあるし、さらに別のダイヤモンドナイフで試料片を綺麗に切り出すのにかなり苦労したので、このエピソードにはいたく共感したクチである。(単行本が発売されてから二年後くらいだったが。)
奇跡の一枚をちゃっかり学術論文に入れたという。。。。
なので、電子顕微鏡のプロのS先生に会ったときには尊敬の念をもってお話させてもらった記憶がある。
実は、この先生と食事させてもらったのは、当時留学に興味があったわたしに、イギリス人の研究者を紹介してあげるよと声をかけていただいたからだった。
しかし、英語は話せないし、留学のお膳立てしてもらうのを期待していたが、そうではなく、自力でグラントのアプリケーションを勧められ、そこまでやれる自信がなかったために結局何も動かなかった。
それきり交流も途絶えたが、その30年後にデンマークでデンマーク人の博士論文でS先生の美しい電子顕微鏡写真をみて不思議な感慨にふけってしまった。。
なんであのとき自分からは何も行動できなかったのだろうという忸怩たる思いと、逆に今はもっと動けるのにと思える(せめてそのグラントの情報をもらってアプライにトライするとか)自分の変化に対する感慨が混じったような感じ。
ちなみに、この新工場のプロセスの第一人者の一人が、わたしが卒業した学科の先生で、修士論文の査読も引き受けてくれた。
その割に今まで関わる機会はなかったけど、ここにきてガッツリやることになるとは、、、という別の驚きもある。




