母になって四半世紀
今日は、娘の25歳の誕生日だった。
なので、3人で恒例となりつつある居酒屋レストランで食事プラス飲み。
ビールと日本酒をたらふく飲んできた。
食事はお任せメニューで、10品くらいもあり最後は満腹に。
私が家購入がらみでここんとこずっとストレスだったから、今日は飲む!と言ったら、娘も超ストレスだったと。
試験期間中で、ずっと課題に追われていて、今日は提出してきたらしい。
なんでも、あるプロトタイプを作る課題で、学術論文形式で書かなければならず、いつもとは違うフォーマットで大変だったと。
そんなこと言ったら、私も最初の投稿論文がパブリッシュされたのは23歳の時だった。
娘もそんな年齢になったかと思うと感慨深い。
忙しい最中、先週は友達に頼まれてモデルもやったそうだ。
12月にこの格好での野外フォトシューティングは凍えてキツかったようだが。。。
なんとその友達は、自分でデザインしなおかつ縫製もし、自作の服をネットで販売しているプチアパレル会社の社長さんなのである。
今はどのアパレルメーカーもダイバーシティで人種だけでなく体型問わずいろんなタイプのモデルを起用しているそうで、お友達も人種マイノリティである娘にたまに頼むのだとか。
小学生の時は化粧を頑張っていたけど、今はむしろすっぴんに近く、逆にそれはそれで様になっている。
3歳の時にデンマークに移住し、私自身が教育とキャリアと言語と生活に追われていたせいもあり、母親としては不甲斐なかったのを認めざるを得ず、娘には大変な思いをさせてきたと思う。
特に、なまじ裕福な地域に住み続けてきたから、娘の友達の親に比べると、私の頼りなさは余計際立っていたと思う。
それもあって、一時期は荒れてたこともあったし、、マスカラを頑張っていたのも、自分の容姿へのコンプレックスもあったのかもしれない。
だから、今は化粧をしなくても魅力をきちんと発している娘はかっこいいなと思う。
ずっと恋愛してこなかったのに、今や彼氏のためにセーターまで編み上げるという。。。なんと健気な。。毛糸代だけで600krもかかったとボヤいていたが。1月に日本に行くときに渡すそうだ。
25年間、色々あり、その度に学んできたけど、成人して養育の義務がなくなった今でも、一人の身近な人間の存在は、まだまだ学ばさせられているように思う。

