民主主義の難しさ
デンマーク首相のメッテさんは早速トランプと直接電話で話したらしい。
もちろんメッテさんも、トランプになることのリスクは重々懸念しているが、どうしてトランプが選ばれたのか、理由をあれこれ考えぐちぐち言っても始まらないわけで。
民主主義をどこよりも大事にしているデンマークだから、デンマークにとって不都合な人が大統領になっても、選挙で決まった以上、それがアメリカの民意の結果として尊重しないわけにはいかず。
前のポストで、ヨーロッパの中でも、カマラハリスをどれだけ支持するかは国によってかなり異なることを書いたが、つくづく、私はヨーロッパの中でも特異な国に住んでいることを痛感している。
本当にその通りだな、と。
私がデンマークに移住した2003年は、ベルリンの壁が崩壊してから13年経っていたけど、まだ完全に融合はされてなく、東欧諸国はEUに加盟審査されている時で、西側へのムーブメントを感じる時だった。
むしろ共産主義国家から民主主義化への変換が早かったハンガリーが今はかなり右傾化が進んでおり、これはどういう現象なのだろうと考えさせられる。
今思い出したのは、
「実はソ連が崩壊して、リトアニアの中高年の人たちはこの変化を快く受け入れているわけではない。」
という、リトアニア人の言葉である。
その彼自身は、能力があり、修士の時にデンマークに移住し、今もデンマークのある企業でエンジニアとしてバリバリ働き、家庭も築いている。
前回のポストでコメントのやり取りでも考えさせられたのだけど、どうやって、デンマーク人は民主主義の価値観を身につけていくのか、そして民主主義国家って、パラダイスなわけではないのかもしれないなーと。
一つ思い出したのは、娘が小学1年生の時である。
クラスに転校生がやってきて、先生が軽く紹介しただけで、全くケアをしないことにショックを受けた。
日本だったら、先生が、「この子をお世話して、どうか仲良くやってね。」と念押しすることが当たり前だと思っていたので、えっ、それだけ?と思ったのである。7歳8歳の子供なのに、である。
しかしデンマークでは、子供であろうが、転校生の子が誰と仲良くしたいかはその子の自由、そして、クラスの子が転校生と仲良くしたいかは彼らの自由と認識し、あえて先生は何もしない、という姿勢を貫くのだ。
デンマークでは、子供であっても一人の人間として尊重し尊重されることが当たり前で、小さい時から精神的な自立を促されるんだろうな、、と。
しかし、もちろんその弊害はある。
デンマークでは、孤独感を感じる人も多い。そしてそうであっても、それを自分がどうにかしなければならないこともわかっているので、自分を追い詰めてうつ病に陥る人も多い。
民主主義というのは、自分の自由や権利が保障される代わりに、他人の自由と権利も尊重しなければならないこともセットになっているので、難しいのである。
日本で今、民主主義がナイーブに反応されているのは、まさに自分は自由であり権利も持っていると思いたいけど、他人の自由や権利には寛容になりたくないから、本音のところでは民主主義を受け入れたくないのだと思う。
隣人のシリア人に、
「日本では民主主義になりきれてないと貴方は言うけど、じゃあ、政治家の悪口を公で言うことはできる?」
と言われ、言葉に詰まったことがある。
そうなのだ。
日本人は、自分が悪口を言う自由や権利はあると思っているけど、他人が自分の悪口を言うことには寛容になれないし、自分にとって不都合なことになることに関しては、他人にその自由や権利はあると思いたくないのである。
Xやスレッズを見てもそれを感じる。
民主主義への道は長い。
追記
バイデンのスピーチ。とても素晴らしい。
「自分の好む人が選ばれる時だけ国を愛するということはできません、自分の意見と同意する時だけ隣人を愛するということはできません。アメリカの選挙は、公正で透明性があります。その結果に信頼しましょう。」
やっぱりいい大統領だったな、、、

