Staunings arv
たまっている未読のデンマーク語の本の二冊目、「Staunings arv(スタウニングの遺産)」を読了した。
この時勢だけに、多少のタイムラグがあるとはいえ(2018年初版)、いいタイミングで読めたな、と思った。
1924年に初めて社会民主党から首相になり、世界大恐慌のときに首相だったStauning。
失業率が40%を超えていたという大不景気のとき、1933年にKanslergadeforligという雇用側と労働者と銀行の間の歴史的な合意を成立させた、今のデンマーク社会の礎と言ってもいい人物である。
同じ1933年に、ドイツではヒトラーが首相として就任しており、隣国でありながら、まったく対照的な歴史を歩むことになった。
第一次世界大戦の敗戦で多額の賠償金を課せられ、さらにフランスにルールをブロックされてハイパーインフレになり、そんな経済的に大停滞していたときに、ナショナリズムを掲げてドイツ人としての民族的誇りを促し、自動車や高速道路など国民に大プロジェクトを与えたヒトラーは、救世主のように映ったのかもしれない。ドイツ国民はヒトラーの出現に熱狂した。
それに対し、Stauningは、国民の誰もが痛みを受容するよう説得し、いわば合意というか、妥協でしかない苦し紛れのKanslergadeforligを成立させたのである。
win-winではなく、loser-loserだったKanslergadeforligは、今でもデンマーク史の中で重要な出来事として認識されている。
しかし、Stauningは、国民に苦しみを分かち合うよう説得したのに、国民の幸福を重視している姿勢が国民の信頼を得ることになり、愛された。当時の王様だったクリスチャン10世でさえも、小学校しか出ていない貧困層出身のStauningに対し敬意を払った。
戦後は、社会福祉を充実させたのと、世界的な労働者不足で女性の社会進出が促され、保育園が増えた結果、社会コストが増大するのに伴い、課税も重くなっていき、社会民主党に対し懐疑的な層も増えていく。
とはいえ、リベラル党として獲得票の多かったベンスタでさえ、結局高福祉社会を変えることはできなかった。なんだかんだ、納税が重くても、デンマーク人は無料での教育や医療サービスを手放したくなかった。
その代わり、ベンスタは移民の締め付けを公約にすることで支持を増やし、2001年に、極右政党デンマーク国民党を支持党に、ベンスタ・保守党政権が誕生する。
それからは、政治において、価値観論争に発展していったという。
2001年からデンマークは世界一移民に厳しい国として発展していき、政権が変わっても移民に対するスタンスは基本変わらないが、社会民主党は改めてデンマークの社会理念を見つめ直すプロジェクトを始めたという。それが、Stauningが築いた価値観がもとになっているという。
ー 共同体と団結
ー 自由と平等
ー 正義と義務
ー 信頼と集団の力
ー 民主主義
ー 持続可能性と責任
ー 国際主義と人権
これを軸に、誰もが自分の人生に責任をもち、誰もが社会に対して責任と義務を果たし、社会の中で人と助け合い、国際的な協力を惜しまず、自然への保全に努めることを目標とした。
これを読んで、デンマークは世界でも有数の幸福国家と言われているが、そのための基礎を維持するのも並大抵ではないのだな、と思った。
デンマークは幸せな国だからといって興味をもつ外国人は多いが、多くが、幸福国家から自分にとって都合のいいものを享受したいと思いに終始する。しかし実際には、デンマークという「共同体」に対し、責任と義務を果たすことが求められるのですよ、と言われるのである。
アメリカや日本では、厳しいインフレの中で、どうにかして以前のような経済状態に戻れないか、そして今自分が享受しているものをいかに維持できないか、という思いにフォーカスされている。
それに対しデンマークでは、アメリカでトランプでもハリスでもどちらが大統領になっても関係なく、今後は従来のアメリカとの強い結びつきを期待できず、自国の利益にフォーカスしていくであろうアメリカを当てにできなくだろうことを考えて、すべての物価が高くなっていくことを覚悟しなければならない、とまで言われているのである。
アメリカに頼っていた、クラウドやサテライトなどのインフラもヨーロッパ独自でもたなければならなくなるかもしれない。そして、NATOのありかたも変化を求められ、間違いなく、防衛費の増大は避けられない。
残念ながら、すべてを解決できる「救世主」などいない。
政治家に頼らずに、社会の一人一人が新時代でどう生きていくか、考えていかなければならないのである。
