状況を変えても
「わかっていると思うけど、僕は君に恋に落ちてしまった。君といると幸せな気分になれる。だから、君を失うことが怖い。」
語学学校のクラスメートが見せてくれた、SMSのメッセージ。
泊まったホテルのフロントで働いていた人に一目ぼれされ、しばしば求愛のメッセージを受け取るそうだ。
「彼はクレージーなのよ。たった3回しか会ってないのに、愛するようになるなんて信じられないわ。わたしは、そういうの好きじゃない。もっとお互いを知ってから好きになるべきで。これじゃぁ、まるでわたしの内面を見ずに判断しているみたいじゃない?」
「うーん。可能性としては充分ありうるんじゃない?わたしは、そういうの否定できないな。わたしも、初めてあなたに会ったとき、なんて美人なんだろうって思ったもん。でも、あなたの考え方にも共感できる。関係って、発展させるものだしね。」
彼女は、オペア(au pair)といって、薄給ではあるが、住み込みの家政婦兼ベビーシッターとして働いている。
薄給なので、日本では、語学留学の一形態として、主にアメリカの家庭に斡旋されるケースが多いようであるが、この国のオペアの人たちは皆すでに英語ペラペラであり、語学スキルを磨くためではなく、真にお金を得るために滞在している。
しかし、オペアとして得られる労働ビザの期間は、最長でも2年までしか認められない。
わたしが所属するクラスの参加者の半分以上がオペアである。
だからなのか、わたしがこの国の男性と同棲していると言ったら、羨望のまなざしを受けた。
中には、明らかにボーイフレンドを獲得しようとがんばっている子もいる。
彼女も、その子から、頻繁に合コンの誘いを受けているが、無視しているとのこと。
でも、そのことに対して嫌悪感をもつことはない。
この国に住みたくても、よほどの理由がない限りは滞在できない。
労働では、この国の人で代替がきくような簡単な仕事ではビザはとれない。よほどその人でなければならない必然性がないと、滞在は許可されない。
だから、世界で5本指に入るほどの豊かさでなおかつ福祉も発達しているこの国で、恋人を得て住み続けたい、と思うのは、ある意味、自然な感情であろう。
特に貧しい国、もしくは政府が機能していない国ならなおのこと。
彼女のように、貧しい国出身で、国に戻る意志がないにもかかわらず、「別に興味がない」といって、この国の男性の求愛を退けるのもいさぎよいなぁと思うし、だからといって、あからさまにボーイフレンド獲得にがんばっている彼女たちのことも悪いとは思わない。
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この国でひとりにも好意をもたれなかった彼は、アジアの某T国にツーリストとして滞在したとき、突然もてだしたので驚いたというか、まんざらでもなかったという。
まぁ、彼女らにとっては、彼が白馬に乗った王子様にでも見えたのかもしれない。
言葉の壁で内面なんてみえないし、他の欧米ツーリストに比べれば若くて(当時26歳)ルックスはまぁまぁだし、何よりも豊かな国からきていて、そこそこお金ももっている。
特に、T国のオプショナルツアーで田舎に訪れたときに会った、牧場で牛の世話をしていた女性には、あからさまな好意を寄せられたそうだ。
毎日毎日牛の世話をしているだけの退屈な生活。この白馬に乗った王子様が、この退屈な生活からわたしを救い出して、人生をバラ色に変えてくれるかもしれない、という期待が好意につながるのは無理もない。
特に、メディアの偏った情報で、ヨーロッパの生活はとても優雅で贅沢であると誤解していることも多いそうだ。毎日レストランで豪華な食事をする、といったように。
まぁ、そういう意味で、彼の元奥さんが、自分の人生のために、結果的に彼を利用したのは、自然のことだったのだと思う。
母国は楽しいが、働いても働いても微々たる給料で、ちっとも生活は楽にならない。でも、この国では、時給2000円!
わたしも、そういうきもちが理解できる。
わたしだって、結婚に対して過剰な期待をしていたから。
結婚が、この苦しい状況を打破するきっかけになるのではないか、と期待していたから。
わたしは、23年間、まともにボーイフレンドを得たことがなく、だからこそ妄想をふくらませて変に期待しすぎていた。
誰かがわたしを好きになる、ということだけでも、奇跡のように感じていた。
彼もそうで、29年間まともに誰とも関係を築いたことがなく、元奥さんに求婚を受け入れてもらっただけで舞い上がってしまい、相手を見極めることなんて到底できなかったという。
そんな人生甘くないよ、と認識したのは、実際に経験してみてからのこと。
物事には両面あって、いいこともあれば、苦しいことも必ず伴うものだ。
でも。
前は、状況を変えることによって、いい結果だけを期待してたけど、今は、困難もあるから楽しいじゃん?と思えるようになってきた。