躁うつ病 | いまのしゅんかん

躁うつ病

最近、ある人から彼への電話が多くかかってくる。

6~7年前に知り合った女性なのだが、躁うつ病を患っており、そのために仕事も断念し、年金が入るので経済的な問題はないが、病気のために知人友人すべて離れてしまい、完全孤独な生活を送っているそうで、唯一電話をかけられるのが彼だけなのか、頻繁にかかってくる。

つきあい始めたときも頻繁にあったが、年末からしばらくないなぁと思っていたら、ここ数週間前くらいから再びかかるようになった。

彼いわく、かかってこない期間は、病院で入院していたのだろうとのこと。

しかし、いくら頻繁にかかってこようとも、彼は「ハイ」の一言でガチャンと切る。

その度に、せつない想いにさせられるのである。

「助けられないから。」

「誰も助けることなんてできないよ。でも、話くらいならできるじゃん。いい人ぶって「助けられない」って言い訳するけど、それが理由じゃないんでしょう?人って、基本的に自己中心的なんだよ。誰も他人のために生きているわけじゃなく、自分のために生きているものなんだから。」

「確かに、、、自分の生活が大切で、彼女にわずらわされるのが怖かったから。」

彼のきもちもよく理解できる。

わたしも、高校時代の友人が、大学時代に登校拒否になってしまい、電話したものの、次々と否定的なことばかり口に出る彼女に、どういうことばをかけたらいいのか困惑したことがあるからだ。

「そんなことない。」「あなたは優秀な人だよ。」と言ったって、本人が自分を否定している限りは何の慰めにもならない。

しかも、共感することもできない。「そんなことないよ。」と言いつつ、なんでそんな悲観的に思ってしまうのだろうという感情さえもっている。

彼女はわたしよりもはるかに優秀で、大学だって日本屈指の有名校。なおかつ運動神経抜群で、非の打ち所のない彼氏もいるなど、はるかに恵まれた状況にいながら、どうして自分を貶めるのか、まったく理解できなかった。

自分のことばはまったく届かないのに、延々と悲観的なことばかり言われるのも気が滅入ってしまうものである。

しかし、躁うつ病患者は、一般的に優秀で真面目な人が多いようである。

その彼の知人も、大学で教授のポストについていたようだし、彼の初恋の相手も小さい頃から頭脳明晰で快活で何の問題もない子供であったのに、大きくなってから躁うつ病にかかってしまったとのこと。

主な原因はストレスと言われているが、真面目な人ほど、なかなか現状に満足できず、「これではダメだ」と自分を追い込みやすいのではないだろうか。

そして、躁鬱病に罹患すると、やる気などが喪失してしまうので、ますます自分が動けないことにイラだちを覚えてしまう。

躁鬱病を改善させるのは困難であるが、「できない」ことに対して否定的であるのが、ますます拍車をかけているような気がする。

本人もまわりも。

彼などは、ちょうど1年前、離婚を決意してしばらくは落ち込んでいたという。

でも、悲しみはあったが、両親の愛情に支えられ、自分を見失うところまではいかなかったと思う。

奥さんにでさえ責めることもなく、かといって自分を否定することもなかった。

小学校時代からほとんど友達ができず、ガールフレンドもできず、やっと外国人の伴侶を得たと思ったらとんでもないくせものだったという過程を経ながら、両親だけはどんな彼も受け入れていた。

まともにガールフレンドができない彼をおかしいなどとちっとも思っていなかった。

だから、彼自身、ガールフレンドができない自分を素直に認めていたのだと思う。

普通とは違う状態を認めること、受け入れること、共存すること。

とても難しいことだけれど、とても大切なことだと思う。

そういう意味で、病気を治して欲しいと思ってしまうことも、また否定につながっていくのかもしれない。