違いと理解
先日、久しぶりに、この国に住む日本人の女性と話をした。
彼女も、もうすぐ引越しをして、ボーイフレンドとの同棲をスタートさせるという。
お互いに、彼氏の愚痴大会となった。
外国人同士って、特に東洋人と西洋人の間では、外見も、もっているバッググラウンドもまったく異なるだけに、好奇心も手伝って(あるいは誤解も手伝って)惹かれあう可能性は大きいのかもしれないが、それはあくまでもきっかけだけにすぎず、カップルとして関係を維持していくには、相手が日本人である場合と同様、努力というか妥協が必要なんだとつくづく感じている。
国民性の違いだけでなく、個人個人の性格や価値観、嗜好などもお互い認めなければならない。
それが、一緒に暮らすとなると、互いの違いが顕著にわかるし、その違いに日常的にずっと付き合わなければならないから余計にハードである。
例えば、元夫はテレビが好きで、家にいる間は四六時中テレビをつけていないと気がすまないタイプであったが、わたしは逆に静寂を好むので、それがうるさくて落ち着けなかった。特に、好んで観ていた「ガチ○コ」など、「一体どうなってしまうのか!!」はうざかった。
今の彼も、テレビが好きなのだが、いったんつけるとそれを観ることだけに集中して他のことが一切みえなくなってしまい、息子さんに対する注目も散漫になり、それがいちいちムカついた。結局、強制的に消しているのだが。
彼女も、どうにも機嫌が悪いと思ったら、ボーイフレンドと2週間一緒にいつづけていたことに気がついたそうだ。
無意識のうちに、ストレスをためていたのだろう。
まぁ、もちろん、外国人だから、基本的な価値観が異なることも多々ある。
彼女と話をして、当たり前だが、誰でもパートナーと時間を共にすることでイラだちが芽生えることがあるんだなぁ、と気がついた。
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この日記を書いている最中に、その彼女から電話があった。
「5分だけつきあってくれる?」
その言い方に、なんだか、嫌な感情を吐いてしまいたい欲求が感じられたので、
「なんかあったの?何でもいいから言ってもいいよ。」
と言って、話を聞いた。
内容は、ささいなことなんだけど、要するにあることがきっかけで彼に対して嫉妬心を覚えた、と。そして、そんなことで嫉妬してしまう自分を恥じているようでもあった。
「まぁ、B(わたしの彼)は、シャイだからそういうことは絶対しないし、同じケースを想像することはできないけど、わたしもささいなことですぐ怒ったりするよ。例えば、クリスマスのときに、貧乏だからといってわたしには2000円でプレゼントを買おうとしていたのに、その直後に6000円する携帯を元奥さんに買ったときには、マジで2日間激怒したもん。彼はさ、携帯だったら6000円なんて安いほうだって言っていたけど。要するに、金額とか程度の問題ではなくて、自分を大事にされていないような思いをさせられることを、そういう認識もなしに行動することに腹立つんだよね。好きだからこそ、ムカつくんだよ。だから、ささいなことであっても嫉妬を覚えることだって、自然の感情じゃない?」
彼女の彼は、彼女がそこまで傷ついてしまったことに、驚いていたようで、そして彼女も、そんなことで嫉妬してしまう自分がおかしいのではないか?と、一人で悶々としていたようだ。
でも、傷ついてしまったことは事実で、それを相手に伝えることは正しいと思う。
彼と彼女は、きっと恋愛観も異なるのであろう。
彼女が伝えない限り、その違いを認識しあうこともなく、余計にそのギャップに対するイラだちが大きくなるだろうから。
クリスマスの携帯事件にしても、セパレートとしたとはいえ、同居している間は、彼が家賃や保育料を全面的に負担していたにもかかわらず、頻繁に元奥さんに無心をされれば2000円とか4000円とか渡していたから、完全に彼女に対する金銭感覚が麻痺していた結果なのだろう。
わたしが本気で怒って、やっとセパレートした元妻に金を渡すことの、事の重大さを認識したようで、それ以降は、決して同意書に決められた金額以外には金を渡すことはしなくなった。彼女が財布を失くしたときに、4000円貸して欲しいといわれたときも、断ったほどだ。
もっとも、元奥さんのことだけでなく、子供たちの生活習慣や教育のやり方など、いろんなことで毎日議論している。
体力はいるが、少しずつ理解しあってきているとは思う。
そもそも、元夫と関係破綻したのも、話し合いさえ拒まれ、ただの感情の応酬になっていたから、お互いの欲求をすりあわせることもなく、イラだちだけが蓄積されたのが原因であったと思う。
違っているのはしょうがない。
要するに、それに対して、どれだけお互いが歩み寄れるかが重要なんだと思う。
今度、彼女と食事に行くことになった。
とても楽しみである。