営業
わたしと同室の女性は、実はわたしとはまったく違う組織に所属している。
いわば、大学が出資して設立された、コンサルタント会社で働いているわけである。
日本の大学でも、民間会社とコラボレートすることは多くなっているが、会社からもらえる研究費など微々たるもので、大学の職員の給料は100%大学から支給されている。
けれども、彼女の働くその会社は、大学から多少の支援はあるが、基本的に大学から独立した自力運営で成り立っている。つまり、顧客がなければ、給料の支給さえも危ぶまれる状況にあるのである。
しかし、幸いにして、現在のところ、充分な顧客があり、経済的な問題はほとんど皆無だそうだ。
ただ、大学の中で実質働いているので、物理的に近しい大学の職員からの要請で何か手伝ったり、職員主催の会議に参加したり、本来の仕事以外で時間を割くことが多々あるので、それが問題になっている。
その問題について、話し合いの場が設けられたそうだが、そのあと、彼女はわたしに、顧客の獲得について勧めたのである。
ほとんど大学からの独立機関であるから、彼女たちは、顧客の獲得にも気を配っている。
学会かなんかで関係を築いた会社側が抱える問題を認識し、会社が本当に要求していることを理解してそれに応えるよう努力すること。
大見得を切らず、できることを正直に伝え、誠実に対応すること。
そして、決して自分たちの技術を大判振る舞いでオープンにはしない。
せっかく顧客を獲得するチャンスがあっても、誠実に対応しなければ、二度とその顧客はやってこない。
自分の好奇心を優先して、顧客が本当に求めることから離れてしまえば、それで信用を失うことにもなる。
自分たちで、給料も含めた資金を調達しなければならない分、責任が重いのである。
日本の大学のように、微々たる研究費ぐらいだったら、思うような結果が出なくても、それで咎められることはないし、会社が離れても大学にとってはそれほど問題とならないであろう。
日本でも、研究費が大幅に削られているので、自力でお金を調達する必要性が出てきたようであるが、かといって給料まで保障されていないわけではない。自分の生活まで脅かされてはいないのである。
しかし、営業か。。。。
ある意味、研究より厳しいなぁと思う。
実際に、研究能力は高いのに、営業はまったくできないという人もけっこういる。
なんといっても、人と交わらなければならないわけだし、自分の思惑で動くのではなく、他人を尊重することが必須だから。
お父さんのコンサルタント会社で働く彼にしても、解析能力はあるが、自分自身で顧客を獲得したことは皆無である。おそらく、外部の人と接触する機会もほとんどないと思う。
彼は、お父さんから与えられた仕事をひたすらこなすだけである。
そしてわたしも、どこかの会社に勤めて、与えられた仕事をするのが望ましいと思っていた。給料は保障されているし、やることが決まっているほうがラクだからである。
でも、同室の女性に、
「あなたも、自分からどこかの会社にコンタクトをとって、コラボレートできそうなら、プロジェクトを立ち上げるのはどう?」
と言われ、大いに考えさせられた。
彼女と同じように顧客を自力でつかんで、ここで働き続けるかどうかはともかくとして、やりがいのある仕事を得るには、自分の優位性をいかにデモンストレートするかどうかが鍵になるのだ、と。
わたしはこういうことができるので、それに合った仕事をしたい、というのではなく、会社が求めることを認識し、それに応えることが大事なこと。
ひたすら自分の好きなことだけに邁進していたわたしは、ある意味甘いのかなぁと省みたのだ。
彼のお父さんの今までの過程について聞いてときも、お父さんは決して自分の専門を生かすことのできるような仕事ばかりではなく、前例のないハードな仕事も多かったと聞いて、仕事とはそういうものだと認識はしたけれど、どこか自分からは離れた、遠い話のように思っていた。
研究者だったら、研究や開発に専念すればいい、と。
でも、今、自分も、そうしなければならないのかな、と。
「最初は顧客を獲得できるか自信なかったわけでしょう?それでも、この仕事をしたかったの?」
「自信はなかったけど、とにかくトライしてみようと思ったの。でも、そのおかげで、営業能力も上がったわ。」
怖いし、自信はないけど、とにかくやってみたい、と思った。