彩りの人生
もう、疲労困憊だった。
5時半の起床で、父親の通勤に便乗させてもらって駅まで車で行き、そこから高速バスで成田空港へ向かうも、中央道が信じられないほどの渋滞で立川過ぎた辺りから首都高までのろのろ運転となってしまったために3時間近くもかかり、成田から乗り換え地点のヘルシンキまで10時間、2時間の待ち時間にさらに1時間半のフライト、荷物受け取りに30分もかかり、空港から迎えに来てくれた彼の自宅まで電車と徒歩で帰った。
だけど、彼は、そんなわたしに代わって夕飯を用意してくれ、あまりの眠気に1人で勝手に寝てしまったあと、子供たちを別の部屋に寝かしつけてくれた。
お花まで用意してくれていて、よほど楽しみにしてくれていたんだなぁ、と思った。
荷物部屋だった部屋も使えるようになって子供たちがそこに寝られるようになり、今まで4人で寝ていたところを彼と2人だけで広々と寝られるようになったし。
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今回は、あまり買い物はしてこなかったのだが、結婚前の写真とわたしが描いた絵をもってきた。
わたしの「過去」を、彼はどう思うかなぁという好奇心があったので。
彼は、主にわたしの外見について興味があったようだが、わたしはあの一生懸命だった日々を痛々しく思い出していた。
わたしは、かつて、人に評価して欲しいと思っていた。
だから、
自転車のレースで1番になろうと努力し、
お茶の稽古にも精を出し、
研究室では、日夜実験に励み、英語での論文を書いた。
その結果、いつでもそれなりに人に評価されてはきたけれど、ちっともうれしくなかった。
それは、そのこと自体、本当に愉しんでなかったから。
人に評価されることだけを意識していると、感性は自ずと乏しくなる。
充実しないし、幅が広がらない。物事を深められない。
自転車での旅行は、いつも表面をなぞるような有名な観光地めぐりだったし、
お茶の稽古をすることによって、技術は学んだが、人を思いやることを学んだわけではなかったし、
英語の論文はまったくもってひどいシロモノ。
娘を出産してからしばらくして描いた絵。
娘がどの状態にあっても、とことん受け容れていきたい、、、
そう思いながら描いた。
でも実際、それがどんなに大変なことなのか、まったく予想もできずに、ただの「キレイゴト」だった。
「いいお母さん」と評価されたい、と思っていたのかもしれない。
帰りの飛行機の中で、隣に座ったフィンランド人の男性と話が盛り上がった。
いろいろ話したのだが、もっとも印象深かったやりとり。
男性「わたしもね、子連れでアメリカに暮らしたことがあるから思うのだけど、子供にとって2ヶ国語を覚えることはとてもいいことだと思うね。」
わたし「そうですね。そのかわり娘は日本語の能力が衰えてしまってますけど。ただ、わたしが思うのは、ことばももちろん大切ですが、それよりも日本とは異なる文化があるのだということを認識することが重要だと思うんですね。違いを認めて受け容れることといいますか。」
男性とは握手して名前を教えあって別れたが、かつてわたしは、こういうことを本当は求めていたのかもしれない、と思った。
人によく思われたいというのではなく、人と楽しい時間を過ごしたと、自分自身で得る実感。
彼は、あまりの外見の変化に驚いていた。
少しは痩せたおかげもあるかもしれないが、いまだに基本的には化粧もしていないし、服装も粗末なままであるにもかかわらず。
やっぱり、きもちの状態が外見に大きく影響する。
ちなみに、わたしは、その絵が好きである。
彼も気に入ってくれた。
何層も何層も色を変えて重ねていった絵。
世の中は彩りがあるから、味があって深いのだということを示唆してくれる。
その彩りを認識して初めて、人生豊かになるような気がする。
苦しさもまた、「愉しさ」に変えていきたい。