離婚(7)
娘をお世話してくれた友達のところに泊まらせてもらった。
わたしが不在の間、娘は友達の娘さんと一緒に仲良く遊んでいたそうだ。科学者のショーにも連れて行ってくれたようで、とても充実した時間を過ごしたようだ。
わたしが戻っても、娘は友達と遊ぶことに夢中。お風呂も2人で入ったのだった。
夕飯も手巻き寿司で、とてもおいしくいただいた。
娘を、この街に住んでいたときにお世話になっていた保育園に預け、まず銀行へ。
わたしと娘名義の口座の住所変更をするためである。
これは簡単で、何の証明もなしに変更届を提出するだけでやってくれた。
その銀行でばったり会った知人に、市役所まで送ってもらった。
去年の夏に3人目のお子さんが生まれたばかりで、今は育児休暇中だという。
ご主人は、海外研修に行く可能性もあるそうだし、本当すごいなぁと思う。
ちなみに、泊まらせてもらった友達も、付き添ってもらった友達も、4人の子持ちである。
この街は、共働きの家庭が多い上に、子だくさんのカップルが多いように思うけれど、この街は生活感というものをどっしりともっているような気がする。
政治に関心が高い人もやけに多い。
市役所では、海外転出の届けを出した。
年金のことも聞いてみたが、任意保険に入らない限りは今のところ何の手続きをする必要もないという。
市役所から家庭裁判所までは歩いて移動した。
いつも車で移動していたが、そこは街の中心地で、いろんな思い出がフラッシュバックしてくる。
生後3ヶ月の娘を連れて、市役所に、年金の手続きと医療費免除の申請をしに行ったこと。
娘の病児保育で、ある施設にお世話になったこと。
県民会館で、通っていたアトリエのグループ展をやったこと。
仲のいい仲間と、飲み歩いたこと。
よく前を通っていたが、入るのは初めての家庭裁判所。
、、、が、
「今この市で居住されていないのでしたら、ここで申し立てすることはできないですよ。住民登録地とか本籍に関係なく、実際に住まわれている地域の家庭裁判所に行ってください。」
と。
なぬー。また東京の家庭裁判所の所在地を調べなくてはいけないのか!しかし、この街に来る必要がなくて、ほっとした。どうやら、郵送による申し立ても可能だそうだ。
そして即元夫に電話。頼んである戸籍謄本を、実家に送ってもらうように頼んだ。
それから買い物をして、友達宅におじゃましてインターネットを使わせてもらい、家庭裁判所について調べた。
ついでに、戸籍謄本の取り寄せについても調べた。
それにしても、なんでこんなにプロセスが煩雑なのだろうか。
わたしが住んでいる国の場合は、何にしても手続きは非常にラクなのに!
それは、個人個人が番号をもち、それはどんな状況になろうとも不変だからである。したがって、個人を識別するのは番号だけでOKで非常に容易なことなのである。
それに対して日本は、家制度の中の個人という認識である。その「家」というのは不変ではない。婚姻、離婚などで変わりうるものである。だから、ある「枠組み」に所属する個人を証明するために、その変わりうる「枠組み」を毎回毎回掲示する必要がある。
戸籍が存在しているのは、世界の中でも数カ国しかないそうであるが、非常に現実から乖離したシステムであると思う。
日本社会はどんどん個人主義になってきているのに、必ず「枠組み」に所属しなければならないという矛盾。
友達が、「ペーパー離婚」を選んだのも、夫が筆頭者となる「枠組み」に所属した一員とみなされるのに嫌気がさしたからだという。
「わたしはわたし」というアイデンティティを獲得するために、あえてその「枠組み」からはずれ、自分自身で「枠組み」を立ち上げようとしたのである。
その上日本は、姓で呼び合うことが一般的である。
結婚や離婚によって姓が変わることによって、個人の認識が危うくなるのもありがちな話だ。
結婚当初は、ありがちな姓に変わったので、職場に同じ姓の人もいたりして、現場を混乱させてしまった覚えがある。
同窓生などは、いまだに旧姓で呼ぶ人も多いが。
娘を保育園まで迎えに行った。
娘はちやほやされたらしく、子供たちの間で、食事の席や昼寝で娘の隣を獲得しようと争奪戦が繰り広げられたそうな。転校生のようである。
娘もこの保育園が大好きで、
「今日ね、玄関を掃除したんだよ。Mね、給食全部食べたよ!」
と生き生きと保育園でのことを語ってくれた。
そのあと、友達に温泉に連れていってもらった。
夫と3人でよく行った温泉。
やっぱりきもちいい。
温泉からホテルに行き、食事をしてから、昨日あった友達らが遊びに来てくれた。
娘がいたからあまり濃い話はできなかったけど、やっぱり一緒にいると充実する。
この街にいると、せつなさでいっぱいになる。
わたしが不在の間、娘は友達の娘さんと一緒に仲良く遊んでいたそうだ。科学者のショーにも連れて行ってくれたようで、とても充実した時間を過ごしたようだ。
わたしが戻っても、娘は友達と遊ぶことに夢中。お風呂も2人で入ったのだった。
夕飯も手巻き寿司で、とてもおいしくいただいた。
娘を、この街に住んでいたときにお世話になっていた保育園に預け、まず銀行へ。
わたしと娘名義の口座の住所変更をするためである。
これは簡単で、何の証明もなしに変更届を提出するだけでやってくれた。
その銀行でばったり会った知人に、市役所まで送ってもらった。
去年の夏に3人目のお子さんが生まれたばかりで、今は育児休暇中だという。
ご主人は、海外研修に行く可能性もあるそうだし、本当すごいなぁと思う。
ちなみに、泊まらせてもらった友達も、付き添ってもらった友達も、4人の子持ちである。
この街は、共働きの家庭が多い上に、子だくさんのカップルが多いように思うけれど、この街は生活感というものをどっしりともっているような気がする。
政治に関心が高い人もやけに多い。
市役所では、海外転出の届けを出した。
年金のことも聞いてみたが、任意保険に入らない限りは今のところ何の手続きをする必要もないという。
市役所から家庭裁判所までは歩いて移動した。
いつも車で移動していたが、そこは街の中心地で、いろんな思い出がフラッシュバックしてくる。
生後3ヶ月の娘を連れて、市役所に、年金の手続きと医療費免除の申請をしに行ったこと。
娘の病児保育で、ある施設にお世話になったこと。
県民会館で、通っていたアトリエのグループ展をやったこと。
仲のいい仲間と、飲み歩いたこと。
よく前を通っていたが、入るのは初めての家庭裁判所。
、、、が、
「今この市で居住されていないのでしたら、ここで申し立てすることはできないですよ。住民登録地とか本籍に関係なく、実際に住まわれている地域の家庭裁判所に行ってください。」
と。
なぬー。また東京の家庭裁判所の所在地を調べなくてはいけないのか!しかし、この街に来る必要がなくて、ほっとした。どうやら、郵送による申し立ても可能だそうだ。
そして即元夫に電話。頼んである戸籍謄本を、実家に送ってもらうように頼んだ。
それから買い物をして、友達宅におじゃましてインターネットを使わせてもらい、家庭裁判所について調べた。
ついでに、戸籍謄本の取り寄せについても調べた。
それにしても、なんでこんなにプロセスが煩雑なのだろうか。
わたしが住んでいる国の場合は、何にしても手続きは非常にラクなのに!
それは、個人個人が番号をもち、それはどんな状況になろうとも不変だからである。したがって、個人を識別するのは番号だけでOKで非常に容易なことなのである。
それに対して日本は、家制度の中の個人という認識である。その「家」というのは不変ではない。婚姻、離婚などで変わりうるものである。だから、ある「枠組み」に所属する個人を証明するために、その変わりうる「枠組み」を毎回毎回掲示する必要がある。
戸籍が存在しているのは、世界の中でも数カ国しかないそうであるが、非常に現実から乖離したシステムであると思う。
日本社会はどんどん個人主義になってきているのに、必ず「枠組み」に所属しなければならないという矛盾。
友達が、「ペーパー離婚」を選んだのも、夫が筆頭者となる「枠組み」に所属した一員とみなされるのに嫌気がさしたからだという。
「わたしはわたし」というアイデンティティを獲得するために、あえてその「枠組み」からはずれ、自分自身で「枠組み」を立ち上げようとしたのである。
その上日本は、姓で呼び合うことが一般的である。
結婚や離婚によって姓が変わることによって、個人の認識が危うくなるのもありがちな話だ。
結婚当初は、ありがちな姓に変わったので、職場に同じ姓の人もいたりして、現場を混乱させてしまった覚えがある。
同窓生などは、いまだに旧姓で呼ぶ人も多いが。
娘を保育園まで迎えに行った。
娘はちやほやされたらしく、子供たちの間で、食事の席や昼寝で娘の隣を獲得しようと争奪戦が繰り広げられたそうな。転校生のようである。
娘もこの保育園が大好きで、
「今日ね、玄関を掃除したんだよ。Mね、給食全部食べたよ!」
と生き生きと保育園でのことを語ってくれた。
そのあと、友達に温泉に連れていってもらった。
夫と3人でよく行った温泉。
やっぱりきもちいい。
温泉からホテルに行き、食事をしてから、昨日あった友達らが遊びに来てくれた。
娘がいたからあまり濃い話はできなかったけど、やっぱり一緒にいると充実する。
この街にいると、せつなさでいっぱいになる。