別離 | いまのしゅんかん

別離

いよいよ、この街を去る。

5年前の4月、東京で友達の結婚式に出たあと、関西にある元夫の実家に移動し、そこから車で、夫と娘と3人でこの街にやってきた。
娘はまだ3ヶ月で、オムツと、ミルクの粉と、哺乳瓶と、お湯の入った魔法瓶を積んでいた。
元夫が、いきなりこの街に就職することを決め、知人も友人もいなく、産業に乏しくて仕事もみつけられそうもない新天地に、根を張った生活を営んでいくことができるのか、不安いっぱいの門出だった。
目的地に近づくにつれ、どんどん人気がなくなって、やけにさみしい風景になっていたか、今でもよく覚えている。

失業保険の受給の手続きにいったら、娘をみてくれる人がいないかぎり、社会復帰ができる環境にないとみなされるため受給の資格がないと言われ、このタイミングで転職を決めた夫をうらんだ。
街で一番大きなお店は、サティだと知って、絶望した。
テレビが5チャンネルしかないことを知って、失望した。
子育て支援センターに行くも、なかなか話せる人ができなくてさびしかった。

最初は嫌いだった、この街。

だけど、一枚のチラシからある保育園にとびこみ、そして思わぬところから仕事の依頼があり、そうしていくうちに仲間や友人ができてきて、徐々に根を張ることができるようになったのである。

同時に、何が大切なことなのか、考え方も変わっていったのである。
この街に住んだ3年間がなければ、彼と共鳴しあうこともなかったかもしれない。

今は、しっかりした5歳の娘と2人で、飛行機でこの街を去る。
たった3年間とはいえ、娘は、やはりこの地で成長したのだ。

いつになるかはわからない。
でも、きっと、いつか、また、この街に来るから。