小さなことの積み重ね
いまだ彼の息子さんは回復していない。
何が心配かというと、症状そのものよりも、気力を失っているようにみえること。
頻繁に発病しているとはいえ、毎回熱があったり咳があっても、比較的元気で家の中でも楽しそうに遊んでいたりするのに、今回はもう数日間ぐったりしたままである。確かに、腹痛や吐き気で苦しいのかもしれない。でも、こんなにも生気のみられない姿をみると、本当にいたたまれなくなる。
彼も、相当に意気消沈している。
病気だけでなく、環境変化がここまで息子さんを傷つけてしまったのではないか、と思っているからだ。
いくら、夫婦間の関係不全に至ったからといって納得して離婚を決意したといっても、子供を傷つけてしまうことにはかわりがない。
この国は、日本ほど離婚に抵抗がなく、一たび夫婦関係がこわれたと認識すると、すぐさま離婚ということになる。
しかし、子供への配慮が足りないのでは?と思うこともある。わたしも人のことを言えないが。
彼をみていると、確かに愛情をもっていることは充分わかる。
でも、愛情を注いでいるかというと、ちょっと疑問がわく。
両親の家に行くと、必ずコンピューターの部屋に行ってしまう。
家にいれば、TVをつけっぱなしである。
両親宅でコンピューターなんかいじってないで、息子さんと一緒に遊んであげてよ!
TVを観せっぱなしにしないで、本を読んであげるなどしてあげてよ!
どうも手抜きをしているように思えてならない。
ご両親に助けてもらえるという甘えもあるのかもしれないが。
この国にきたとき、娘も今の息子さんの年齢に近い、3歳3ヶ月であった。
このぐらいの年齢は、もっとも自我が発達するときで、多感な時期である。
急激に環境がかわり、ただでさえ混乱しているのに、欲求が多くでる時期でもあったので、それはそれは大変だった。
そのころの日記を読むと、しょっちゅうイライラしていて痛いほどである。
日本で信頼を寄せている保育園の先生や友達らと別れた娘は、わたしの挙動に対してものすごく敏感になった。わたしの愛情でもって、なんとかつなぎとめようとするかのように。
それがとても申し訳なく、少しでも娘が充足できるように、娘の本当のきもちを理解するようにしようと思ったのだった。
(以下、2003年4月24日の日記から抜粋)
悲しいことがもうひとつあった。迎えに行くなり、娘の「おもちゃ屋に行きたい」というセリフ。散歩したり砂場で遊んだりステキなことたくさんしているのに、ついにおもちゃに依存するようになったのか、という絶望的な想いで、「どうしてそんなこというの?」というと、「そんな怒らんでよ。」と泣きそうな声でいう。怒っているんじゃない。悲しいのよ。「お母さんは、おもちゃよりも散歩したり砂場で遊んだりカモも見に行くことの方がステキなことだと思うんだけど。」というと、「やだ。だって寒いもん。」とのこと。そこまで外に出るのがイヤなのか、とショックを受けながら帰宅したのだが、よくよく考えてみると、もしかすると連休中外出するたびにわたしが激しく怒ったことが、トラウマになっているのかもしれないと思った。本当に怒ったことがないというぐらい毎回怒っていたから、それが傷になって外出が怖くなっているのかもしれない。
「もしかして、お母さんが怒るかもしれないと思って、外にでるのがイヤなの?」と聞くと、ウンとうなずいた。やはりそうだったのだ。「怒ってばかりでごめんね。でももう怒らないから一緒に外で遊ぼう。」というと、ぴょんぴょんとびはねながら、やったーやったーと驚喜しだしたのだった。
この出来事で、一緒に感動を共有するなどステキなこともたくさんしていたはずなのに、それで補えないほど娘にとってはわたしの怒りが大きな傷となるということを改めて実感し、負の出来事の影響力というものに脅威を感じた。再評価カウンセリングでも、トラウマが人間の知性的なふるまいを妨害するという理論が前提となり、いかにそのトラウマをひとから解放させ、本来だれもがもっている知性を取り戻すかということに重きを置いている。だから、「外に行きたくない」ということばだけにとらわれて、そのセリフの根底にある感情を充分に解放させることなく、「どうして?」と追い詰めてしまったことを反省した。わたしの考えで、「外で遊びたくない」「保育園行きたくない」ということばを都合の悪いこととしてとらえるのではなく、その根底にあるきもちを受けとめてあげなければならない、と思った。
(以下、2003年4月25日の日記から抜粋)
今日は、娘が目を覚ますなり、「Mちゃんかわいいね」「Mちゃんなんでそんなにかわいいの」とぎゅうっと抱きしめた。別にそうしようと意図的に思っていたわけでなく、本当にそう思って抱きしめたのだ。
昨日、セリフの裏側にある娘のきもちに気がついて、本当にいとおしくなったのだ。3歳児であるにもかかわらず、わたしのことをよく気をつかって、結局は保育園に行くことを受け入れている娘。でも、本当はわたしと離れるのがさみしくて悲しくて、わざとやんちゃを言う。また、大好きなわたしといさかいをおこしたくなくて、無難なおもちゃ遊びに逃避しようとしたということも。そんな生の感情にやっと触れることができて、心底かわいいと思ったのだ。
そう思うと、いろんなことに気がつく。昨日の夜、飛行機の中でもらった透明なプラスチックでできた三角錐に近いかたちの万華鏡のようなものに、いきなり紙を切り出したと思いきやその切れ端をその万華鏡に入れ、ブロックをてっぺんと側面にそれぞれ貼り、冷蔵庫に入れていたのだ。なんかけったいなもの作ってるなーとなんでも思ってなかったのだが、今朝それをコップに注ぐまねをしていて、それが牛乳を入れたポットに見立てたものであることがわかったのだ。白い紙を入れたのは牛乳にみせるため。ブロックはそれぞれ取っ手とふただったのだ。どうりで、「紙入れたけんね。これで牛乳が入っちょーけん。冷蔵庫に入れるけんね。」と言うはずだ。ずっとおままごとセットを欲しがっている娘だが、こうしてあるもので欲しいものを作ってしまう創造力に感動してしまった。しかも、ブロックを決まった遊び方にとらわれることなく、こうして自由にマテリアルとして利用してしまうとは。これはわたしにはないアイデアで、素直に「すごーい!よくこんなこと思いついたね!Mは賢いね!」と褒めたたえたのだった。そういう充実したやりとりがあったおかげか、今日は自ら保育園に行こうよといって家を出たのだった。
***************
つまらないことかもしれないけど、子育てって、こんな小さなことの積み重ねである。
彼にとっては見えなかったかもしれないけど、息子さんは少しずつ傷ついていたんじゃないかな。
だから。
お願い、逃げないで。
何が心配かというと、症状そのものよりも、気力を失っているようにみえること。
頻繁に発病しているとはいえ、毎回熱があったり咳があっても、比較的元気で家の中でも楽しそうに遊んでいたりするのに、今回はもう数日間ぐったりしたままである。確かに、腹痛や吐き気で苦しいのかもしれない。でも、こんなにも生気のみられない姿をみると、本当にいたたまれなくなる。
彼も、相当に意気消沈している。
病気だけでなく、環境変化がここまで息子さんを傷つけてしまったのではないか、と思っているからだ。
いくら、夫婦間の関係不全に至ったからといって納得して離婚を決意したといっても、子供を傷つけてしまうことにはかわりがない。
この国は、日本ほど離婚に抵抗がなく、一たび夫婦関係がこわれたと認識すると、すぐさま離婚ということになる。
しかし、子供への配慮が足りないのでは?と思うこともある。わたしも人のことを言えないが。
彼をみていると、確かに愛情をもっていることは充分わかる。
でも、愛情を注いでいるかというと、ちょっと疑問がわく。
両親の家に行くと、必ずコンピューターの部屋に行ってしまう。
家にいれば、TVをつけっぱなしである。
両親宅でコンピューターなんかいじってないで、息子さんと一緒に遊んであげてよ!
TVを観せっぱなしにしないで、本を読んであげるなどしてあげてよ!
どうも手抜きをしているように思えてならない。
ご両親に助けてもらえるという甘えもあるのかもしれないが。
この国にきたとき、娘も今の息子さんの年齢に近い、3歳3ヶ月であった。
このぐらいの年齢は、もっとも自我が発達するときで、多感な時期である。
急激に環境がかわり、ただでさえ混乱しているのに、欲求が多くでる時期でもあったので、それはそれは大変だった。
そのころの日記を読むと、しょっちゅうイライラしていて痛いほどである。
日本で信頼を寄せている保育園の先生や友達らと別れた娘は、わたしの挙動に対してものすごく敏感になった。わたしの愛情でもって、なんとかつなぎとめようとするかのように。
それがとても申し訳なく、少しでも娘が充足できるように、娘の本当のきもちを理解するようにしようと思ったのだった。
(以下、2003年4月24日の日記から抜粋)
悲しいことがもうひとつあった。迎えに行くなり、娘の「おもちゃ屋に行きたい」というセリフ。散歩したり砂場で遊んだりステキなことたくさんしているのに、ついにおもちゃに依存するようになったのか、という絶望的な想いで、「どうしてそんなこというの?」というと、「そんな怒らんでよ。」と泣きそうな声でいう。怒っているんじゃない。悲しいのよ。「お母さんは、おもちゃよりも散歩したり砂場で遊んだりカモも見に行くことの方がステキなことだと思うんだけど。」というと、「やだ。だって寒いもん。」とのこと。そこまで外に出るのがイヤなのか、とショックを受けながら帰宅したのだが、よくよく考えてみると、もしかすると連休中外出するたびにわたしが激しく怒ったことが、トラウマになっているのかもしれないと思った。本当に怒ったことがないというぐらい毎回怒っていたから、それが傷になって外出が怖くなっているのかもしれない。
「もしかして、お母さんが怒るかもしれないと思って、外にでるのがイヤなの?」と聞くと、ウンとうなずいた。やはりそうだったのだ。「怒ってばかりでごめんね。でももう怒らないから一緒に外で遊ぼう。」というと、ぴょんぴょんとびはねながら、やったーやったーと驚喜しだしたのだった。
この出来事で、一緒に感動を共有するなどステキなこともたくさんしていたはずなのに、それで補えないほど娘にとってはわたしの怒りが大きな傷となるということを改めて実感し、負の出来事の影響力というものに脅威を感じた。再評価カウンセリングでも、トラウマが人間の知性的なふるまいを妨害するという理論が前提となり、いかにそのトラウマをひとから解放させ、本来だれもがもっている知性を取り戻すかということに重きを置いている。だから、「外に行きたくない」ということばだけにとらわれて、そのセリフの根底にある感情を充分に解放させることなく、「どうして?」と追い詰めてしまったことを反省した。わたしの考えで、「外で遊びたくない」「保育園行きたくない」ということばを都合の悪いこととしてとらえるのではなく、その根底にあるきもちを受けとめてあげなければならない、と思った。
(以下、2003年4月25日の日記から抜粋)
今日は、娘が目を覚ますなり、「Mちゃんかわいいね」「Mちゃんなんでそんなにかわいいの」とぎゅうっと抱きしめた。別にそうしようと意図的に思っていたわけでなく、本当にそう思って抱きしめたのだ。
昨日、セリフの裏側にある娘のきもちに気がついて、本当にいとおしくなったのだ。3歳児であるにもかかわらず、わたしのことをよく気をつかって、結局は保育園に行くことを受け入れている娘。でも、本当はわたしと離れるのがさみしくて悲しくて、わざとやんちゃを言う。また、大好きなわたしといさかいをおこしたくなくて、無難なおもちゃ遊びに逃避しようとしたということも。そんな生の感情にやっと触れることができて、心底かわいいと思ったのだ。
そう思うと、いろんなことに気がつく。昨日の夜、飛行機の中でもらった透明なプラスチックでできた三角錐に近いかたちの万華鏡のようなものに、いきなり紙を切り出したと思いきやその切れ端をその万華鏡に入れ、ブロックをてっぺんと側面にそれぞれ貼り、冷蔵庫に入れていたのだ。なんかけったいなもの作ってるなーとなんでも思ってなかったのだが、今朝それをコップに注ぐまねをしていて、それが牛乳を入れたポットに見立てたものであることがわかったのだ。白い紙を入れたのは牛乳にみせるため。ブロックはそれぞれ取っ手とふただったのだ。どうりで、「紙入れたけんね。これで牛乳が入っちょーけん。冷蔵庫に入れるけんね。」と言うはずだ。ずっとおままごとセットを欲しがっている娘だが、こうしてあるもので欲しいものを作ってしまう創造力に感動してしまった。しかも、ブロックを決まった遊び方にとらわれることなく、こうして自由にマテリアルとして利用してしまうとは。これはわたしにはないアイデアで、素直に「すごーい!よくこんなこと思いついたね!Mは賢いね!」と褒めたたえたのだった。そういう充実したやりとりがあったおかげか、今日は自ら保育園に行こうよといって家を出たのだった。
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つまらないことかもしれないけど、子育てって、こんな小さなことの積み重ねである。
彼にとっては見えなかったかもしれないけど、息子さんは少しずつ傷ついていたんじゃないかな。
だから。
お願い、逃げないで。