保育カレンダー
年末って、やはりある種のけじめをつけられる時期だなぁと思う。
掃除をせまられたり、久しく連絡をとってない人にも葉書を出したり、カレンダーや手帳を新調したり。
予定が書き込まれた今年のカレンダーをみると、自ずと1年間を振り返ることにもなる。
葉書やメールを出すときには、友達のことが気になったりする。
掃除をすれば、懐かしいものが出てきてそのときのことを思い出したりする。レポートを準備したときの残骸など特にせつないきもちにさせられる。
わたしは毎年、娘が通っていた日本の保育園で、「保育カレンダー」を購入し使っていた。
今年は、友達に頼んで送ってもらった。
これは、姉妹園(30園くらいある)の年長児が描いた絵をピックアップしてカレンダーであり、それはそれは子供の感性あふれる緻密ですばらしい絵なのである。
これをみると、わたしの都合で日本を去ったことを、ちょっぴり後悔する。
それほど、すばらしい保育園だった。
わたしは、現在の学力低下の原因は、学校システムのせいだけではなく、幼児期の生活環境の変化にも一因があるという意見をもっているが、それはやっぱりこの保育園で学んだ結果、そう考えるようになったのだと思う。
前の保育園は、ほとんどおもちゃがなく、テレビをみせることもなく、かわりに畑、飼育小屋、築山があり、豊かな自然の中での日常生活で、自ずと生きる力が育まれるような保育方針をとられていた。
畑仕事やにわとりの世話、園内の掃除などの労働や、散歩や園庭での遊び、竹棒のぼりやリズム体操などの運動を通じて、常に自らやるといった能動性が求められる。
やっぱり、テストなどで能力を管理することも大切かもしれないが、自らやってみたいという興味や好奇心などのものごとに取り組む原動力を育てないと、本質的に学ぶことはできないと思っている。
そういう意味で、パズルや塗り絵などでただ時間をやり過ごすことの多い今の保育園では物足りないと思ってしまう。
大人が常に環境を用意するのではなく、もっと子供たちが主体的に取り組むような保育内容であって欲しい。
そして、わたし自身、子供にとって本当に好ましい環境を与えているのか、省みさせられるのである。