教育で大切なこと
この国の小学校の学習風景。
プロジェクトに取り組んでいるところ。
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指導教官の奥さんが日本に帰ることを勧めるのは、教育システムの違いによるところもある。
奥さんははっきりいって、この国のやり方にかなり懐疑的。
世界の国々の子供を対象に、計算能力、問題処理能力を国別で比較したところ、日本は上位3位くらいだったにもかかわらず、この国は下位3位ぐらいだったそうだ。
おまけに、18%もの子供が内容をほとんど理解できていないとのこと。
それに危機感を感じておられるのか、日本から某有名教育業者の学習ドリルを取り寄せ、4歳の息子さんに日本の文字を教え始めたそうだ。
わたしは逆に、日本のやり方に懐疑的。
確かに、計算や漢字を覚えるには、訓練が必要であることは認識しているが、そのかわり所定の答を求める以外の問題解決能力は育てられていないと考えているからだ。
それに、競争心をあおたてるような試験が多く、かえって本当の好奇心をそぐ結果になりはしないかと懸念している。
この国は、日本とは正反対の教育システムをとっており、15歳になるまで試験がないし、成績がつかない。
したがって、極めて勉強を怠る生徒も多数発生するというわけ。
しかも、もう取り返しのつかないほどの学力不足である。
本当に好奇心、興味のもつ子供だけが、どんどん発展していって、すばらしい学力をつけることができる。
確かに、これも問題だよなーと思う。
成績をつけることによって、生徒の勉強へのモチベーションを促すのもどうかと思うけれど、結果的に日本の場合はそれで高成績を収めているし、この国は逆にどん尻。
しかも、日本人は効率的ではないが、根はものすごく真面目だと思う。怠ることに罪の意識を覚えるほどではないだろうか。それも教育システムの成果なのかもしれない。
だけど。
これは本当に理想的な話であることを承知して言わせてもらえば、
わたしは、本当の好奇心を育てることが、重要だと思っている。
何かに取り組んでいくことによって得られる悦び。
そういう感性を育てることが、まず大切なことだと思う。
確かに、テストは一定の効果をあげると思う。
わたしも、今回の試験によって、ものすごく理解を深めることができた。
テストすることには何の異論もない。
ただ、やっぱりそこには、理解したい、難しくてもその先を知りたい、という原動力がないと、問題に対峙していくことはできないと思う。一見こなせるようで、好奇心なしではしょせん刹那的なテクを獲得できるにすぎない。
でもそれは、学齢期前の過程がものすごい重要であって。
自然への働きかけ、そこから得られる反応に対する感性。
それは小さいときに育まれるものだと思っている。
だから今は、コンピューターゲームやビデオなど一方的な情報流布の道具を極力使わず、主体的な働きかけができる、対話、実際の体験、運動の機会を与えるよう心がけている。
文字にしたって、結局表現したいと思うきもちが大事だと思うし。
たくさん読んだり話したり書いているうちに、語彙も増えるだろう。
そんなこんなで、先のことは考えず、今のこの時期を大切にしている。