2006年6月~ 教え子も三代目 | ココロの奥底

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ニートやOLだったりするバスケコーチの赤裸々日記→コーチも辞めただの主婦と化しました

久々に過去をまとめよう。

なんだか中途半端は好きじゃない。


2代目の教え子も無事にではなかったけど引退。


3代目は私もAコーチも居るのが当たり前で入部した。

だからなんとなくだけど、私達が辞めるって流れにはならなかった。


と、言うかそれどこじゃなかった。

新体制に入り、新キャプテン以外2年生が辞めるって言ってんだからw


だから、この代はまず、部に残らないか?って言う説得から始まった。

でも、高校生。

正直に残ってよって言ってもたぶんダメ。

説得は口八丁手八丁w

当時まだ22歳。

それでも高校生よりかはだいぶ長く生きている。

長く生きている分、知ってることも多い・・・ハズw

その人生経験が生かされたとしかいい様が無いくらい、うまく行った。

口先女りっちんの勝利だw


人よりか少しだけ、人前で話すことが多かった分私の口は良くまわるのだ。


ただ、仕方が無いのだが、その分この代はスタートが遅れた。

通常よりも約一ヶ月~二ヶ月。

遅れた分だけ、過密スケジュール!!とはいかない日々の努力がものを言うのがスポーツだ。

夏にはその分だけ他に遅れを取ってることを十分に実感させられた。



夏合宿のことだ。

この時の二年生はみんなそこらじゅうが痛いという。

怪我はみんな中学から抱えているものだから、仕方が無い。

痛かったらすぐに言えと言っていたが、とにかくみんな来る。

それも症状を伝える語彙力が二歳児程度w

『なんとなくこの辺が痛い』

みたいな程度だw

どうすると痛い?って質問にも答えられない。

さすがに私も、その訴えでは対処の仕様が無い。

最後にはAコーチに

『りっちんは魔法使いじゃないんだから、なんとなく痛い痛いって言われても治せない。せめてどこがどう痛いのかぐらいはっきりしないのなら、自分で判断して見学するなり決めろ!』

この頃から私は笑いのツボに魔法使いという単語が増えた。