heartに響くって言葉・・・
自分に置き換えると脳に響いています。
脳から心臓と辿っているのかなんなのか・・・
心臓で感じる事も多々ある。
懐かしい音とか懐かしい匂い。昨日の出来事とか先週の出来事とか去年の事。
思い出して心臓が締め付けられることが良くある彩菜クローバー


最近
『脳みそ』の本とかを積極的に読むようにしてるから、一挙大公開しますアップ


『心』って言葉を辞書で引いてみたらこんな定義されていました。
「人間の精神活動を知識・感情・意志に分けたときに、知識を除いた感情・意志を司る能力のこと。起動哀楽・快不快・美醜・善悪などを判断し、その人の人格を決定すると考えられるもの・・・・・」

この定義は自分のなかでは全てじゃない汗
この説明じゃぁ、心は人間だけに備わっているって事になるムムム
生あるのもには感情はあると思うから、こんな短文じゃ片付けられないはず。

で、ここを語ると、回りクドくなりそうだからやめときますきゃー
ご自身でかってに解釈してください。



人間が、感情をコントロールしたり、相手の立場になって物事を考えたり、頭の中で様々な創造を巡らせて、新しいものを創造したりって行為は、まぁ人間にしかできないって言われてるけど、こうやって人間をタラシこんでる臓器は、いったい体のどこに存在するんだろぅって真剣に考えた(笑)


心をシンボル化する時ハートマークを使ったりするドキドキ
感情を言葉で表す時「胸(心臓)」と関連づけられることが多い。


世の中には
心臓に心がある説と
脳に心がある説があるらしい。

まだまだ人間の心と脳の関係については解明されていない部分も多いらしいんだけど、奥が深くておもしろそうです・・・


続く
引越後
初のインターネット接続に踏み切ろうと思いますあせる


書きたいこともたまってるし
催促もあることから

真面目にライフスタイルを更新しますニコニコ


一歩前進ビックリマーク


もうしばしお待ちを……
釈迦のブログを書いてから、ずぅ~っと釈迦のことを考えてる気がします★文字☆


なんで
また書いてみようと思います。


サンスクリット語「真実から来た者」と言う意味の言葉の和訳が『如来』
最高の境地に達した存在で、最高の位にある
単に「如来」とは釈迦の異名
仏教界で「修行完成者」「完全な人格者」を意味します。
「如」は真理・ありのままを表し、「来」は文字のとおり「来る」の意味

ちなみに、「ほとけ」と同じ意味にあたるそうですビックリマーク

サンスクリット語の「ブッダ」という音を中国で「仏陀」という漢字に写し、これが省略されて「仏(ぶつ・ほとけ)」て言葉になったそう・・・。

ブッダとは「悟りを開いた人」って意味です。





でかけなきゃいけないので、後ほど更新します。
最近大忙し・・・( ´艸`)