店長GENKIです。
昨日は記念すべきSoftlyのワンマン。
ノーマークの大雪が体温を奪う中、たくさんの方々が待っていてくれました。
ありがとうございます。
その分、忘れられないくらい楽しい一日になったならとても嬉しいです。
明日は一年ぶりのLSATGASP!
平日だけど遊びにきてね。
今日は腰痛日記書くよ。
↓
石川県の加茂整形外科で3日間治療を受け、北海道へ帰還。
活性の火まで、あと8日。
苫小牧へ帰還すると同時にフェス準備業務が待っていた。
3日前よりも明らかに足取りは軽い。
しかし、会場付近での歩きながらの作業はまだキツイものがあり、途中で座り込んでしまい役に立たない。
あと8日だ。
少しでも回復させないと。
電気治療と、痛み止めの注射を打つ毎日に逆戻り。
まだ満足には動けない。
それでも、なるべく休まずに、できる限り体を動かした。
そうすると、不思議と日ごとに回復が進む。
立てる時間が日に日に増えていくのがわかる。
活性の火の設営は8/25から始まった。
26日からは早朝から作業が続く。
まだ体を気遣いながら、動ける範囲で動く。
わずかだが、テントの資材を運ぶ作業もできた。
とはいえ、痛み止めを打てないときは座薬を使っていたため、薬のおかげなのかもしれない。
筋肉注射も、医者の裁量で打てる限り打つ。
回復の度合いに関してはこのときはまだ自覚がなかった。
(笑いが出るほど忙しいため、記憶がすでに混濁している部分もある…)
そして、とうとう当日はやってきた。
まだ朝は左足がやや痛く、重かった。
立つと、かかと~つま先がしびれる。
それでも飲み薬と座薬を使い、動き出せば体は軽くなった。
(激務のための疲労もあると思う)
活性の火は開会式がある。
苫小牧市長が開会宣言をするためステージに上がる。
もちろん!
実行委員長であるオレがステージに上がらないわけはない。
自分にとって大舞台だ。
この開会宣言のために、1年間頑張ってきたのだ。
最悪の絶不調になったとき。
このステージに立って上がるのは無理だと思った。
最悪は車イスか。
はたまたストレッチャーか。
実際に他の実行委員とも、そういう話をしていた。
みんなは冗談交じりだったかもしれないが…
数分も立てない人間が、壇上には上がれないだろう。
一度上がったら、情けない姿を晒すわけにはいかない。
(自分のバンド出演さえもキャンセル寸前だった…)
20日ほど前まではそんな状態だったのだ。
そして活性の火’16の開会式。
オレは無事ステージに立つことができた。
そして当日の運営業務も普通にこなすことができた。
(ユースト出演も)
2日目、トラブルのため早朝に呼び出された。
座薬を使う間もなかったが、痛みは襲ってこなかった。
苫小牧駅から会場まで数百メートル。
一度も休まず歩くことができるようになっていた。
そして当日~翌日の撤収。
症状は一作業員として加われるほど回復していた。
テントやイベント資材の積み下ろしの重労働に耐えることができた。
しびれの症状はまだ残るものの、もう大丈夫かもしれない。
9月からオレは日常生活に戻る。
もう影響はない。
通院も、日に日に減っていった。
もしMPSという概念に出会わず、あのまま手術をする選択をしていたら…
今頃はどうだっただろうか。
9月は丸々仕事にならず、棒に振っていたはずだ。
たとえ長い人生であろうとも。
失った時間は戻らない。
でも今回のことで、先に失うはずの時間を取り戻したなら…
もちろん一番良いのは、何も悩まないことだろう。
だがしかし。
今回の奮闘があったからこそ、それができたのではないか。
最後の最後で、あきらめなかったからこそ…
…
これで一連の流れは終わりです。
がしかし!
もう少し続編があります。
いままでに経験したことの解説書きを加えていきます。
なので、続く。