家族の健康はカラー・コミュニケーション
ここのところ講義の資料内容に追われて
ブログに向き合えない日々がつづきました。


気がつけば、あたりは予防接種の話しをしている。
そんな無意識に予防接種するんだ~
と、あらためて思ったり しました。
新型インフルエンザのときは、学校に登校するのにもマスク着用ということで
毎朝、息子もマスクをつけて登校していたのですが
本当にウィルスの脅威を理解しているのか?と、思うばかりだったのです。
何故なら、ウィルスは目の粘膜にも付着するのに目は、そのままマスクなんか
つけられないでしょ。
それでも、マスクつけてないよりは確率として良いのかな?
それよりも身体の粘膜強化をするべきだよね。
薬では病気は治せないのだから
もちろん、自分の健康管理が大切です。
しいては、家族の健康管理をするのが主婦でもあると思っています。
フィンランドでは、学力改革をしてから子供たちの学力水準が世界一位になり
教師のことを尊敬して「社会のろうそく」と呼んでいます。
「社会のろうそく」とは、社会を照らす光という意味なんですね。
これが家庭であれば「家庭のろうそく」は
一家の大黒柱のお父さんであり
そのろうそくの火を絶やさないようにケアするのが
妻の役割分担であってもいいのかなって思います。
社会で戦い 家庭に疲れて帰ってくるご主人の様子を五感で感じ
肉体的にも精神的にも過労している時の食事の食材色の摂取方法
(カラー・コミュニケーション)ひとつで
翌朝、また元気に仕事に向かうことが出来れば
とっても安心です。
妻であり母親でもある女性が知識を活かし知恵を家族のために
使うことで家庭円満になれば やったね
でしょ。
年齢により生体内も変化してくるので
それにあわせた色の活用方法をお伝えしているので
この私も健康でいなければね
ブログに向き合えない日々がつづきました。



気がつけば、あたりは予防接種の話しをしている。
そんな無意識に予防接種するんだ~
と、あらためて思ったり しました。
新型インフルエンザのときは、学校に登校するのにもマスク着用ということで
毎朝、息子もマスクをつけて登校していたのですが
本当にウィルスの脅威を理解しているのか?と、思うばかりだったのです。
何故なら、ウィルスは目の粘膜にも付着するのに目は、そのままマスクなんか
つけられないでしょ。
それでも、マスクつけてないよりは確率として良いのかな?
それよりも身体の粘膜強化をするべきだよね。
薬では病気は治せないのだから
もちろん、自分の健康管理が大切です。
しいては、家族の健康管理をするのが主婦でもあると思っています。
フィンランドでは、学力改革をしてから子供たちの学力水準が世界一位になり
教師のことを尊敬して「社会のろうそく」と呼んでいます。
「社会のろうそく」とは、社会を照らす光という意味なんですね。
これが家庭であれば「家庭のろうそく」は
一家の大黒柱のお父さんであり
そのろうそくの火を絶やさないようにケアするのが
妻の役割分担であってもいいのかなって思います。
社会で戦い 家庭に疲れて帰ってくるご主人の様子を五感で感じ
肉体的にも精神的にも過労している時の食事の食材色の摂取方法
(カラー・コミュニケーション)ひとつで
翌朝、また元気に仕事に向かうことが出来れば
とっても安心です。

妻であり母親でもある女性が知識を活かし知恵を家族のために
使うことで家庭円満になれば やったね
でしょ。年齢により生体内も変化してくるので
それにあわせた色の活用方法をお伝えしているので
この私も健康でいなければね

どうなるの!!教育問題
ゆとり教育が学力の低下を招いたと言われて久しい今日この頃
私も息子を持つ身なので、どうなっているんだ?と思うことがあります。
自分が学生だった頃と全く変わってしまった学校における成績表のつけ方
この先、日本をひいては世界を担う子供たちの
生きる力をどのようにつけていくのか
来年から授業時間が増えることが決まっています。
本当に授業時間が増えれば学力が上がるのか?
従来の学力観ではなく
関心 意欲 態度 が得点能力よりも高い能力となる新学力観で
いくらテストで良い点数をとっても
授業中に何回手を上げたかなど
関心が低ければ成績が低くなるなんて
塾の講師は生徒たちに分からなくてもいいから手を上げろと教えていると聴きました。
そして、分からないまま手を上げて指されても「いま、考え中です。」と言えば
関心があるとみなされる現実
なんじゃあ こりゃ
それよりも、この情報が氾濫している中できちんと
精査できる目を養わなければならないし、
もちろん自分の意見をきちんとアピールできるようにもならなければ
生きるための応用力をつける勉強を進めていかなければならないはず
ゆっくりじっくり考えなければ分からない応用問題よりも
反射的に答えられる勉強を重視してきたように思う現代
企業の歯車になる人材を創るならそれもいいだろうけれど
柔らかな感性で変化を受け止め社会に活きる人材を育成するためには
もう少し、色々な角度から教育を考えることが必要に思えます。
私も息子を持つ身なので、どうなっているんだ?と思うことがあります。
自分が学生だった頃と全く変わってしまった学校における成績表のつけ方
この先、日本をひいては世界を担う子供たちの
生きる力をどのようにつけていくのか
来年から授業時間が増えることが決まっています。
本当に授業時間が増えれば学力が上がるのか?
従来の学力観ではなく
関心 意欲 態度 が得点能力よりも高い能力となる新学力観で
いくらテストで良い点数をとっても
授業中に何回手を上げたかなど
関心が低ければ成績が低くなるなんて
塾の講師は生徒たちに分からなくてもいいから手を上げろと教えていると聴きました。
そして、分からないまま手を上げて指されても「いま、考え中です。」と言えば
関心があるとみなされる現実
なんじゃあ こりゃ
それよりも、この情報が氾濫している中できちんと
精査できる目を養わなければならないし、
もちろん自分の意見をきちんとアピールできるようにもならなければ

生きるための応用力をつける勉強を進めていかなければならないはず
ゆっくりじっくり考えなければ分からない応用問題よりも
反射的に答えられる勉強を重視してきたように思う現代
企業の歯車になる人材を創るならそれもいいだろうけれど
柔らかな感性で変化を受け止め社会に活きる人材を育成するためには
もう少し、色々な角度から教育を考えることが必要に思えます。
さめおばさん
ありがとうございます。
