
身体を調律する ゲートの拒絶と、螺旋の浄化
色めく、艶めく、そしてときめく小径
皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
今日は、日常のなかでふと訪れる「予定外のちいさな挫折」について、心と身体のメカニズムから少し深掘りしてお話ししてみたいと思います。
先日、私は免許の更新のために、自転車を走らせてセンターへと向かいました。「今日中に済ませてスッキリしよう!」と意気込んで到着したのですが……。目の前にあったのは「受付終了」の文字。時間にすれば、ほんの数分の差でした。
せっかく準備して、ここまで走ってきたのに。
「なんて運が悪いんだろう」「もっと早く出ればよかった」
そんな風に自分を責めるトゲトゲした気持ちが、胸の奥でチクリと不協和音を奏でるのを感じました。
でも、その閉ざされた窓口をじっと見つめているうちに、ふと、別の感覚が降りてきたんです。
「あぁ、今は、このゲートを通る時じゃないんだな」という、静かな納得感でした。
スピリチュアルな視点で見れば、予定がスムーズにいかない「拒絶」は、実は大いなる存在からの「守護」であることが多いのです。
無理にそのゲートを通り抜けることで、その先に待っているかもしれない不必要なトラブルや、淀んだタイミングに巻き込まれるのを防いでくれている。いわば、宇宙が今の私に最適な「時」を再調整してくれている瞬間なのです。
とはいえ、内側に湧いた「落胆」という名の不規則な振動(ノイズ)は、そのままにすると細胞の響きを狂わせてしまいます。
そこで私は、帰り道の7キロという距離を、物理的なエネルギーの変換、つまり「神聖なトリートメント」の時間に変えることにしました。
ここで助けになってくれるのが、私たちの「肉体」という精密な装置です。
自転車のペダルを回すという一定の「円運動」は、物理的に見れば、滞った電気信号を押し流す最高のデトックス。
大きな呼吸と共に酸素が細胞の隅々まで届けられると、脳内では「幸福の分子」と呼ばれるセロトニンが静かに分泌され、ストレスで乱れた神経系の発火を鎮めていきます。
このペダルの「回転」は、エネルギーの視点で見れば、自分を取り巻く停滞を振り払う「螺旋(らせん)の浄化」そのものでした。
物理的な負荷をかけて熱を産生することで、古い感情や執着がエネルギーとして燃焼され、新しい気が巡り始める。目的地という「点」に執着していたエゴが、移動という「連続するリズム」へと解放されていくのです。
そうして家に着く頃には、私はもう、数十分前に窓口でガッカリしていた私ではありませんでした。むしろ、「あのままスムーズに更新できていたら、この清々しい自分には出会えなかったな」とさえ思えたのです。
50代からの私たちは、きっと、思考だけで人生をコントロールするステージを卒業していくのでしょう。
目に見えない「直感」が告げるストップを、しなやかに受け入れる。
そして、重くなった周波数は、肉体という「物理的な力」を使って、軽やかに洗ってあげる。
予定通りにいかない「無駄足」の中にこそ、実は自分を艶やかに、内側から色づかせるための、贅沢な調律の時間が隠されています。
皆様も、もし日常で「閉ざされたゲート」に出会ったら、悲しまないでくださいね。
それは、あなたがもっと美しい音を奏でるための、聖なる空白なのですから。
あなたの身体は、世界にひとつだけの、とても繊細で美しい楽器なのです。
