「日々の兆しを読む──身体が語るメッセージ」
皆様こんにちは、いかがお過ごしでしょうか。イベントを終え、ようやくひと息つけましたが、会合や音楽会、会食、出張と続き、まるで季節の風に背を押されるように、次の場へと導かれている日々です。
インフルエンザも流行していますので、どうぞ皆様もご自愛ください。
私は相変わらず、ライドやアルゼンチンタンゴに心身を整えてもらいながら、日々の“調え”を大切に過ごしています。
Apple Watchをアップデートしてからは、ヘルスケアデータを見るひとときが、小さな“心の神棚”のようになりました。
心拍のゆらぎ、睡眠の深さ、回復の度合い――
それらは科学が教えてくれる数値でありながら、同時に「昨日の自分の気がどんな流れであったか」をそっと示してくれる和の“兆し(きざし)”のようにも思えます。
人は無意識のうちに、自然のリズムと呼応して生きていると言われます。
身体が軽い朝は、風の気がやわらかく通り抜けた証。
どこか重い日は、土の気が静かに鎮まっているサイン。
数値を眺めながら、そうした微細な“気配”を感じ取る時間が、
すっかり日々の儀式になってきました。
ライドで風を切るとき、ふっと胸の奥が開く瞬間があります。
あれは、身体が整うだけでなく、自分の内側の気が自然界の息吹と重なる、ほんの短い“調和の瞬間”。
アルゼンチンタンゴで相手と呼吸がぴたりと合うときも同じです。
お互いの重心のわずかな移ろいが、まるで水面のさざ波のように響き合い、時間の流れが静かに深まっていく――それは、和の世界でいう「間(ま)」がぴたりと整うときにだけ訪れる感覚です。
先日のイベントでは、画家の方と、「心が震える瞬間は、魂が本来の位置に戻るときではないか」という話題になりました。
日本の美には、形あるものの奥にある“気”や“余白”を感じ取る文化があります。
アートを前にした瞬間、胸の奥でふっと風が動くとき、
それは目に見えない世界とつながった証でもあり、私たちの感性が静かに“元の場所”へ帰る道しるべなのだと感じました。
その対話のあと、私の中にも新しい作品の芽がそっと根を下ろしたようで、まだ言葉にはならないものの、静かに息づき始めています。
年末に向けてあわただしさは続きますが、だからこそ、ふと訪れる静けさや、胸の内側に灯るあたたかい光を、手のひらでそっと受け取るように大切に過ごしたいと思っています。
皆様もどうか、ご自身の気配や内なる声を大切に、
穏やかで心やわらぐ日々をお過ごしください。
また近況をお届けいたしますね。
