「人生が不安なときこそ、“未来のわたし”に贈る選択を」 | 日本文化、世界の歴史・健康・ミライにチャレンジ

「人生が不安なときこそ、“未来のわたし”に贈る選択を」




皆様こんにちはいかがお過ごしでしょうか。数年前に人生をリセットする時期がありました。その時に手元に残る金額に不安を覚えて、保険や投資信託なども処分してしまおうと考えていたところ、踏みとどまるようにと諭されなんとか続けてきたものが今では心の支えになっています。


人生にはいま現在がとても大切ですが、自分の未来に投資をするということも同時にすべき事だと感じています。私が住む日本は災害大国ですので日々の災害に対しての備えも準備しておくように、老後に対する資金準備や健康に対する投資、日々納得の行くお金の使い方など考えておく事があります。


世界情勢を知る事で投資の思考が強化される。

「いま起きていること」が、これからの世界や自分の暮らしにどのような影響を与えるかを考える視点を育ててくれるからです。

たとえば、物価の変動や為替の動き、エネルギーや食料の供給状況、あるいは気候変動や国際紛争など -これらは決して“遠い世界の出来事”ではありません。気づかないうちに、私たちの生活費や老後資金の価値、さらには健康管理の選択肢にまで影響を与えています。


また、今日のスポーツした成果は未来の自分への健康投資になります。具体的に週に3回ほど10kから20kクロスバイクで走行すると血流が良くなり、心肺機能が高まり、筋力や持久力も自然とついてきます。年齢を重ねるごとに感じる体力の衰えや代謝の低下に対して、こうした運動習慣が「抗う力」となってくれます。

クロスバイクは、膝や腰に負担が少ない有酸素運動であると同時に、風景の変化を楽しみながらストレスを軽減する効果もあります。週3回のペースで10km〜20kmを走ることで、1ヶ月では約100km以上、年間では1,200kmを超える“自己ケア”の積み重ねになります。

この習慣が、将来の医療費や介護リスクの軽減にもつながっていくと考えると、まさに「見えない資産」を築いているようなものです。

また、ほぼ毎日行くジムで入るサウナと温泉は私にとって心と身体のリセットボタンのような存在です。汗を流し、身体を芯から温め、じんわりと疲れが抜けていく感覚は、何ものにも代えがたい癒しです。サウナと温泉に入ることで血行が促進され、筋肉のこわばりや日常のストレスがゆるんでいきます。

特にサウナでは、短時間でも深いリラックス効果が得られるうえ、「ととのう」と言われるあの感覚が、私にとって明日への活力の源になります。温冷交代浴を取り入れることで、自律神経のバランスも整い、睡眠の質がぐっと上がるのを実感しています。

そして、湯船に身を預けているとき、不思議と頭の中が整理されていくのです。仕事や人間関係で抱えていたモヤモヤが、湯気とともにふわりと軽くなっていく。ジムでのサウナ・温泉のセットは、まさに「自分を整える時間」となっています。

また、自分のしている行動に対してどんな意味があるのか考えることで、日々の行動が「ただの習慣」から「価値ある選択」へと変わっていくのだと思います。たとえば、運動や入浴、食事や睡眠といった一つひとつの行為に、「これは未来の自分への投資」「これは心を整える時間」「これは自分自身との対話の場」といった意味を持たせることで、日常の質そのものが深まりました。 


また、記憶に残るお金の使い方をすることで「お金」と「時間」が単なる消費で終わらず、自分の中に豊かな体験として積み重なっていくのを感じるようになりました。

たとえば、ただ物を買うのではなく、誰かと過ごす時間に投資したり、自分を高める学びや趣味にお金を使ったりする。あるいは、日常を少し心地よくする道具や空間づくりにお金を使う。そういった使い方は、記憶の中に「幸せの種」として残り続け、後から振り返ったときに心を温かくしてくれます。


思い返せば、節約だけに意識を向けていた時期には、お金を使うことにどこか罪悪感がつきまとっていました。しかし今では、「未来につながる消費」「意味のある支出」という視点を持つことで、たとえ小さな出費であっても、それが人生を丁寧に編んでいく一糸になっているように感じられるのです。

お金は生きた感情と深く結びついています。

だからこそ、感情が動く場面に意識的にお金を使うと、人生そのものが彩り豊かになっていくのだと思います。 

私が20代の頃からお金のこと保険の事を人生のターニングポイントでアドバイスしてくれた方が今では人生の伴奏者のような存在になっています。

わからないなりにやり始めたことが少しずつ形になり、自信へと変わっていったのは、その方の存在があったからだと思います。的確な知識だけでなく、いつも私の人生に寄り添った言葉をくれました。「正解を探すよりも、“あなたにとっての納得”を大切にして」と言われたとき、その一言がどれほど心強かったか、今でも覚えています。

わからないなりに始めた小さな積み立てや、仕組みのよく分からないまま始めた投資信託。将来が不安だったあの頃には、それらが本当に意味のあることなのか疑心暗鬼になる日もありました。けれど、数年経って振り返ってみると、それらは確実に「私自身を守るための土台」になっていました。

そして何よりも、そうやって“自分で選んで、続けてきた”という積み重ねが、私の中に「私にもできる」という感覚を育ててくれたのです。人生における“わからなさ”や“不安”に向き合いながらも、自分で選び、自分で責任を持つという姿勢は、あらゆる局面での支えになります。

人生はつねに選択の連続です。大きな決断もあれば、小さな日常の選択もある。そのどれもが、自分という人間をつくっていく。だからこそ、「わからないなりに始めたこと」が、実は一番大きな一歩だったのかもしれません。