装いは、心を伝える静かな言葉— 有職文様に込められた日本の美意識 —
皆さまこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
春から初夏へと季節が移り変わるこの時期、着物のコーディネートに迷われる方も多いかもしれません。
最近は気温も高くなってきて、袷(あわせ)の着物では少し暑く感じることもありますね。そんなときは、軽やかな単衣(ひとえ)を選ぶ方も増えてきました。
とはいえ、どんな着物を選ぶかは、気温だけで決められるものではありません。
特にフォーマルな場や格式ある会では、主催者の想いや会の雰囲気に合った装いを選ぶことが、大人のたしなみとされています。
着物は「心をまとう」もの
着物は、ただ身にまとうだけのものではありません。
一枚の着物や帯には、その人の気持ちや美意識が込められているのです。
特別な会にふさわしい着物を選ぶことは、主催者への敬意を形にすることでもあります。
それは言葉ではなく、色や模様で想いを伝える「静かなコミュニケーション」。
「装いと文様は、相手への思いやりを映す礼儀である」
この感覚こそが、古くから日本で大切にされてきた美意識なのです。
有職文様(ゆうそくもんよう)ってなに?
あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、「有職文様」とは、平安時代から宮中で使われてきた由緒ある模様のこと。
昔の貴族や皇族が装束や道具に使っていた文様で、今でもフォーマルな着物に取り入れられています。
たとえば、
- 鳳凰(ほうおう)…平和や高貴さの象徴
- 桐(きり)…格式ある家紋にも使われる、日本の伝統的な文様
- 宝相華(ほうそうげ)…仏教由来の理想の花、浄化と調和を意味
- 七宝(しっぽう)…縁や人のつながりを表す円満な模様
- 青海波(せいがいは)…広がる波のように、穏やかで永続する幸福を表す
といったように、どれも美しさと深い意味を持っています。
皇室の装いに学ぶ「文様の意味」
有職文様の魅力は、今も大切にされています。
たとえば、皇室の方々が国賓を迎える宮中晩餐会では、皇后陛下や女官たちが、それぞれの立場や場にふさわしい文様を選んで着物をお召しになります。
2019年の宮中晩餐会では、皇后陛下が桐と鳳凰をあしらった金糸の着物で賓客をお迎えになりました。
その文様には、「平和を願う心」や「おもてなしの気持ち」が込められていたのです。
会の趣にふさわしい文様選び ― 美しさに意味を添えて
着物の文様は、ただ美しいだけではなく、その場の雰囲気や目的に応じた意味を持つ選び方があります。
ここでは、代表的な会のテーマに合わせておすすめの文様と、それぞれが象徴する意味をご紹介いたします。
◉ 平和や友好をテーマとする集いには
鳳凰(ほうおう)、桐(きり)、宝相華(ほうそうげ) などの文様がおすすめです。
これらは、高貴さや調和、心の浄化を表すとされ、相手を敬い、穏やかな関係を築きたい場にふさわしい意匠です。
◉ 祝賀や繁栄を祝う場には
七宝(しっぽう)、立涌(たてわく)、唐草(からくさ) などの縁起の良い文様がよく用いられます。
円満な人間関係や発展、長寿への願いが込められ、慶びの場をより華やかに彩ってくれるでしょう。
◉ 静けさや精神性を重んじる場には
青海波(せいがいは)、亀甲(きっこう)、雲文(くももん) といった落ち着きのある文様が好まれます。
これらの文様は、永続する幸せ、知性、静寂といった内面的な美しさを象徴しています。
◉ 四季や自然を感じさせる場には
花菱(はなびし)、松竹梅(しょうちくばい)、流水(りゅうすい) など、自然の美を表す文様が映えます。
それぞれが季節の移ろいと生命力を讃えるもので、場に彩りと風情を添えてくれます。
文様を選ぶということは、その場に調和し、心を通わせるためのひとつの方法です。
意味を知って纏うことで、着物はさらに奥行きのある表現となり、装う人の品格や想いをより美しく伝えてくれます。