
紫陽花の色に魅せられ - シーボルトとお滝さんの色の絆 -
皆様こんばんは!今日は暑い一日でしたね。
お天気が良いので、庭のお手入れをしました。
紫陽花がグングンと成長してお隣にご迷惑にならないように、
チェーンソーを駆使して(息子にお手伝いしていただき)なんとか、梅雨を迎えられそうです。
紫陽花の凄まじい繫殖力の他に、可憐な色が多くの人の心を掴んでいます。
ふと、思い出したシーボルトと楠本滝のお話し。
遥か昔、日本とオランダの文化が交差する時代、二つの心が絡みあいました。フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトと楠本滝、異なる国の生まれであった彼らの運命は、紫陽花という花の色によって深く結ばれました。
シーボルトは日本に訪れた医師・博物学者であり、その美しい自然に魅了され、特に紫陽花の花の色が彼の心を捉えました。瑞々しい紫陽花の青や紫の花は、ヨーロッパでは珍しかったため、彼の関心をとても惹きました。彼は多くの紫陽花を持ち帰り、ヨーロッパで栽培し研究を重ね、紫陽花は彼の情熱と努力によって、ヨーロッパの庭園に美しい花として現在も根付いています。
また、シーボルトはお滝さんという日本人女性と運命的に出会いました。お滝さんは彼の助手として働き、彼に日本の文化や習慣を教えました。彼女は知識と明るさでシーボルトを包み込み、彼の日本への愛を深めたのです。彼らの心は紫陽花の花の色のように変化し次第に絡み合い、不思議な絆が生まれました。
しかしその絆は、運命の鎖によって引き裂かれることとなるのです。別れの日、シーボルトはお滝さんから彼女と娘の毛髪を贈られました。彼女は、それと同時に煙草入れをプレゼントし、自身の名前と小さな娘イネの絵を彫った、透明な薄い青貝がはめ込まれており、彼女の心と想いが込められた贈り物でした。
時は流れ、30年後、シーボルトは再び日本を訪れることになりました。政治の変革により、彼の追放は解かれ、再会の機会が巡ってきたのです。彼は63歳、お滝さんは53歳。再会の瞬間、彼らはかつての思い出を交換し合いました。。毛髪や煙草入れ、手紙が手に触れるたびに、二人の心は再び切なさと懐かしさに包まれました。今日でも、それらの品は両国で大切に保存され、二人の愛と友情の証として語り継がれています。
紫陽花の色の変化は多様で美しいものです。紫陽花の花色は土壌の酸性度によっても変わります。酸性の土壌では花が青色になります。中性からアルカリ性の土壌では、花の色はピンクや赤に変化します。これは土壌のpH値が花の花色に影響を与えるためです。また、紫陽花の花色は環境要因にも影響されます。特に光の量と質は花の色を変化させる要素です。明るい陽光を浴びた紫陽花は鮮やかな色を示し、日陰で育ったものは薄くなる傾向があります。
シーボルトとお滝さんの心の色を表すように
紫陽花の花の色が二人の人生を彩ったのでしょう。
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