金の切れ目は・・・
「金の切れめは、縁の切れめ」 なんとも切ない言葉・・・
この言葉の由来は、芸者だった方からお聞きしたのですが
昔 粋な旦那衆たちは、雪駄を履いていました。
雪駄とは、かかとに金属の金具が打ち込んであって、地面が固いところを歩くと、金具が擦れてチャリチャリ?と音がします。
雪駄のかかとの金具がすれると、鼻緒が切れてしまうので「金の切れ目は縁の切れ目」などと、遊びの上手な旦那が芸者に小粋に言ったことが始まりだそうで、今では粋に表現するよりも その言葉そのままに「お金が無くなったらおわりょ」というような意味で使われています。
日本語の情緒の美しさを堪能できる逸話でもあるのね。
そもそも、日本語は特殊な言語で母音を主体に音声認識をし
英語は子音を主体に音声認識をしているのですが
日本語での言葉の中には、言葉にしなくても通じる何かが存在しています。
西郷隆盛と勝海舟の[江戸無血開城]言葉を介さなくても合意出来る何かをお互いがきちんとキャッチしていたからでもあると思うし
日本語という言葉の感性を改めて素晴らしいって感じずには、いられない
意識と言葉の融合をこころでとらえて空気を介しながら話す人たちがいる
もちろん、言葉は少ないけれど その人から匂い立つ感性を私たちは、【オーラがある】と言っているのかもしれない
ジュエリーな女性になる秘密事は、日本語の情緒の美しさを表現できる人になるってことょ
私もがんばりまーーーす。