感性~ | 日本文化、世界の歴史・健康・ミライにチャレンジ

感性~

感性とは、内面の感覚器



この内面の感覚器が鋭く研磨されていると

第六感 もうひとつの次元とリンクするのかもしれない

もうひとつの宇宙



私は、集中していると周りの音が聴こえなくなってしまう

多分 ゾーンに入っているとき



集中力は、そう長く続かないけれど

乱読している 本と本の間につながる接点を見つけることができる



一冊だけ 熟読していると分からない事が同時に

何冊か読みすすめていくことで



一人の著者の視点が沢山の著者の視点とパラレル的につながる瞬間がある




感性を言葉で表せと いうことが どんなに難しいことか

仕事をしながら感じていて



例え 相手からの言葉が足りなくても 何となくイメージが

浮かぶとき その感をもとにカウンセリングを進めます



カウンセリング=聴く  ではなくて


カウンセリング=感じる という感じ




すごく パワーがある人と会うと 感じる 

その方の後ろ側の空気が揺らぐ感じ




説明できないけれど 感じるの





振り返れば 子供のころ

家に帰る車の中で目を閉じて 車の傾き具合

カーブの流れなどから どこを走っているか推測して

目を開けて確認して「あぁ やっぱり ここを走っていた」とか

ひとり遊びしていたなぁ



空をみていると 急速に雲が西から流れていくのをみて

雨が降ることが自然に分かったり



あれもひとつの感じることだったのかもしれない




感性を後天的に養うことをベースに講義をしていて

とても 感じるのは



きちんと 感性で感じた部分を言葉に出来る人と

      言葉にしても誰にも伝わらない 

      言っている本人が混乱してしまう人がいます




それは、多分自分の持っている感性と言葉に変換する

シナプスが連携を取れないため おきることなのかなと




運動も勉強もダイエットも同じね



と、なるとやっぱり 全ての事において 感覚器でもあるこの身体を

上手に使い 意識の枠を超えることが必要で




自分が一番気持ち良い瞬間を覚えて

そうなる スイッチを入れることかな





子供にも感性を磨かせることを大切にしたいので

まだ よちよち歩きの時に美術館に行き おんぶしながら

館内を汗だくであるいたり



キャンドルの灯りだけでお風呂に入って

お湯のはねる音や 炎のゆらぎを感じたり



ひとつの言葉で言い表せばすむことを

わざと沢山の擬音を使って コミュニケーションとったり



そういうことが 感性につながるのかもしれない




あたりまえに電気がついて

水がでて という概念を超えることでしか

得られない何かがあることを

身体のどこかで記憶することが 


生きるうえでの感性の源になるのかな