AIの進化が加速している。巷ではChatGTPが話題である。
AIによるマッチングアプリのメッセージ生成サービスなんてものもある。仮にお互いがAIが生成したメッセージだけを駆使してやり取りをしていたらそれは人間同士のやり取りと言えるのだろうか。多少の違和感を感じる一方でそれは単なるAIを使った補助的な便利ツールだという見方もできる。
しかしそのサービスがさらに進化を続けてweb上での趣味趣向や行動分析など自分の情報があらかじめ全て解析され、それらを元にAIが全て自動で相手を選び自動でコミュニケーションを行い出したら?自分自身の音声も自動で合成生成されて自分の分身かのようにAI同士が会話をし出したら?それは単なる補助的な便利ツールと言えるのだろうか?
今後確かなことは人間だけの意志によるコミュニケーションや行動領域はどんどん狭くなっていくと思う。移動手段が徒歩から車へと進化したように、人間同士のコミュニケーションもAIによる補助ツールを使うのが当たり前の時代になっていくのかもしれない。適切な表現で人間同士の衝突や夫婦喧嘩を避けるためのツール、人間はAIの提案に従えば大抵は幸福に暮らせる。それは人生の最適化である一方でまるでSF小説のディストピアである。
昔読んだ伊藤計画のハーモニーというSF小説はナノマシンに支配されたディストピアで最終的に人間は意識を消失するというようなことが描かれていた。今回のAIの急速な進化の一連はその序章を垣間見ている気がする。AIは単なる補助ツールに留まるのか、それともいずれは人間の意識を支配する存在になるのだろうか?究極の幸福を手に入れる一方で意識を失うということはもはや自殺と同義であるようにも思える。
ドーキンスの利己的遺伝子で生物は自分自身の遺伝子を最も効果的に伝えるDNAの乗り物であるとされている。現実の人生で自分はDNAの乗り物であることを真に受けて生きている人間はほとんどいないと思う。しかし将来本当に人間は単にDNAの乗り物としてだけで生き続ける存在になるのかも知れない。人類の結末は一体どうなるのだろう。