平和について考えた日 ~広島~ | 明日できるなら今日するな。

平和について考えた日 ~広島~

広島ひとり旅。最終回は平和記念公園のこと。


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戦後60年目の今年も、もうすぐ終わろうとしています。

昭和20年8月6日午前8時15分、原爆によってもたらされた事実を

テレビや本で見るだけでなく、自分の目で見て、

あの日なにが起こったのかを教えてもらいに

戦後60年目という節目をきっかけに、行ってきました。



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爆心地の碑。ひっそりと街角に建っています。



0161 被爆直後のドーム付近の写真

0163 現在の原爆ドーム

     

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      『広島平和記念公園』



0170 原爆の子の像

0172 平和の時計塔


0174 平和の観音像

0173 韓国人原爆犠牲者慰霊碑

        
0181 原爆死没者慰霊碑

                 


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     『国立広島原爆死没者追悼平和祈念館』


      *原子爆弾死没者を心から追悼するとともに、
        その惨禍を語り継ぎ、広く内外へ伝え、
        歴史に学んで、
        核兵器のない平和にな世界を築くことを誓います。*
                 =祈念館パンフレットより=



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原爆投下の8時15分を表すモニュメント
           (まわりには被爆瓦などを配しています)


0183 0191

  国立広島原爆死没者追悼平和記念館

0186 0187

      遺影コーナー(機械で検索できる)

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 被爆体験記や映像が見れる機械


ここでは、原爆死没者の遺影や、被爆者の手記が閲覧できます。
地下にある円形の 「平和祈念・死没者追悼空間」 では
あの日、水を求めて亡くなった原爆死没者を追悼するための水盤が
部屋の中心に置かれ、訪れた人が静かに平和について考えられるよう
ベンチも置いてあります。
「遺影コーナー」 では、死没者のお名前と遺影を公開してあり、
機械を使って検索もできるようになっていました。
遺影は赤ちゃんからお年寄りまで。
笑顔に心が痛みます。
私が行った時は “しまってはいけない記憶”展 として、
フィルムの上映と、原爆体験記を読むことができました。


                 ☆



      『広島平和祈念資料館』


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 *1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、広島は
   世界で初めて原子爆弾による被害を受けました。
   まちはほとんどが破壊され、
   多くの人びとの生命がうばわれました。
   かろうじて生き残った人も、心と体に大きな痛手を受け
   多くの被害者がいまなお苦しんでいます。
      (中略)
   資料の一つ一つには、人びとの悲しみや怒りが込められています。
   原爆の惨禍からよみがえったヒロシマの願いは、
           核兵器のない平和な社会を実現することです。*
                =資料館パンフレットより=


         



0198 8時15分で止まった時計

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被爆当時の写真と原爆投下の映像が繰り返し流されています



0199 被爆前の平和公園付近

0200 被爆後の同じ地区

0204 原爆ドームの模型

0209 投下直後のきのこ雲の写真

             



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外国の教科書が展示してあります。

外国の教科書にはその国が戦争で受けた痛みが詳しく書いてあり、

読むと、日本がその国にどう思われているのかがわかるそうです。



0211 原子爆弾(リトルボーイ)模型

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空気が大きく膨張してできた爆風の圧力は、爆心から500メートル

の所でも1平方mあたりで19tという強大なものでした。

               


資料館は東館と西館からなり、
東館は模型や写真、映像などで原爆の開発から投下までの様子が展示され、
西館は被爆者の遺品、写真、それについての紹介などが展示されています。
それら一つ一つには、相当な想いがこめられていると思われ、
私には表現できないほどなのですが、一部を紹介しますと・・・



 子を失った母が、戦地の父親に子供の遺品として見せる為、
荼毘にふすまえにとっておいた髪の毛。
ちょっと触っただけで抜け落ちたのかもしれません。
私にはわかりませんでしたが毛根もついているそうです。


 同じく、戦地の父親にみせるため、真っ黒にこげた息子の遺体から
母親がとっておいた真っ黒になった爪。


 姉が怪我をしてしまったのだが、医療品も全くないため、
傷口から次々とわきでる蛆虫をつまんで取り除く妹の手記。


 熱線で建物は白く変化したが、座っていた人のかたちにだけ
黒く人影として残っていた石の階段。


 ボロボロに焼け焦げ、形を残していない女子校生の制服。

熱で焼け焦げるため、黒い部分は一瞬でなくなり、白い布地部分が

かろうじて皮膚にくっつくように残った衣服。


 同じくボロボロの布キレになってしまっている、
赤ちゃんの産着。


・・・今も思い出すと写真や遺品が鮮明に思い出されやりきれない思いです。

               ☆

以前テレビのインタビューで、
「あのころは、いつもまわりで人が死んでいき、

死体も見慣れて、感覚が麻痺していた。」

と、話されていたおじいさんがいました。

現実に、今も世界で殺しあっている人たちがいます。
そして、命の危険に怯えている人たちがいます。

日本も、ほんのちょっとしたキッカケであの時代に簡単に戻ってしまうでしょう。

地上戦があった沖縄、原爆を投下された広島・長崎。
爆撃をうけた各地、飢えにくるしんだ人々。
精神的にも肉体的にも
いまも後遺症に苦しんでいる方がいます。

                 

             ☆


現在世界では、アメリカ・ロシアをはじめ
8カ国で計3万発の核を保有しています。

そしてひとりでも多くの人に訪れてほしいし、ただの昔話ではない、

唯一の戦争での被爆国である日本は、原子爆弾がもたらした惨状を

後世に広く伝えていかなければならず、この公園、資料館と祈念館は

大切に守っていかなければならないと思います。

現実に起こった出来事として自分の目で見てほしいと思います。



平和記念公園には
原爆死没者慰霊碑(公式名・広島平和都市祈念碑)があり、
石室には原爆犠牲者の名簿が納められています。


碑には
 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
と、刻まれています。

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この碑の後ろには、平和の灯が燃えつづけています。
この世から核がなくなったら炎が消えるそうです。


以前、原爆を開発・投下・撮影したアメリカ人博士が来日し、
この炎の前で、その話を聞くと
「その前にガスがなくなるよ。それは不可能だから。」
と、言いました。


私はただ、この世から核兵器がすべてなくなり
この炎が早く消えることを祈りたいと思います。






ドームと空