最近、とあるサイトで映画レビューを書いています。
レビューといってもはっきり言って駄目出しです。
駄目な映画をこき下ろすのが狙いです。
駄目な映画といってもB級作品とかトンデモ映画ではありませんよ。
そういうのは大好物です。
血祭りにあげるのは主にテレビ局がバックについたキャストだけが話題な映画とか、TVドラマの映画化とか、実話を基にした(という触込みの)お涙頂戴とかです。

さて「感染列島」ですが、レビューと同じ事書いてもしようがないので、言い足りなかったところを少しばかり。
まぁ、細かいことは抜きにして、とにかくひどい脚本でした。
しかし、これがパニック映画でもサスペンスでもないのなら、つまりメロドラマなら…

いや、やっぱり駄目でしょう。
メロドラマで1000万人も殺しちゃいけません。
観ながら、ついつい比べてしまうのは「アウトブレイク」です。
いかにもハリウッド的なクライマックスですが、パニックやサスペンスとしてはずっと上等な映画です。

同じように未知のウィルスによる感染パニックで、感染拡大を防ぐために街ごと葬り去ろうとする軍部と、それを阻止するためにウィルスの正体-というか宿主-探しに奮闘するダスティン・ホフマン扮するCDC所属のダニエルズ大佐との戦いを描いたサスペンスが見物のの映画です。

とにかく物語が雑なんです。
そもそも状況をいかに限定するかが脚本の勝負なんであって、広げたら収拾つかなくるのが当たり前です。限定されることで空間が緊密になるのです。
またパニック映画の基本は追い詰められた人の行動ですが、この映画では状況を追いかけるだけなので、病院を封鎖しても恐怖やサスペンス感がまるでありません。
病院封鎖といってもバリケードの入り口に守衛のオジサンがひとりいるだけです。
銃を構えた自衛隊員の二人もいれば生まれるであろう緊張感が皆無です。
そこに「感染3000万人。死亡1000万人。」と数字だけテロップを流されても何の感慨も沸きません。
「このまま感染が広がったら1000万人も死んでしまうかもしれない。
だから何とか食い止めよう、原因を究明しよう、治療法を探そうと奮闘する、しかしタイムリミットは近づいてくる・・・。」、主人公たちのそういう様子に手に汗を握ったり、感動したりするものでしょう。
それがあっさり何千万人も感染したんでは話になりません。
そのうえ最後はメロドラマ。
この映画で何を描きたかったのかテーマや意図がさっぱりわかりません。

同じウィルス感染物が観たければぜひ「アウトブレイク」をご覧ください。
1995年制作のハリウッド映画ですが、サスペンスとしてはずっと上等です。

さきのサイトでは、このあと「GOEMON(ってゆーか紀里谷)」と「余命1ヶ月の花嫁」に駄目出ししておきました。
しかし、記事の為に駄目な映画を観るのも苦痛です。
考えなきゃいかんなぁ。

森繁久弥さんがミマカラレマシタ。

「屋根の上のヴァイオリン弾き」は若い頃に一度だけ観ました。
その頃は、舞台の芝居なんて観たことがなくて、どうやってチケットを買っていいかも知りませんでした。チケットぴあなんて無い昔の話しです。

でも、森繁久弥さんの健康上の理由で「屋根の上の~」は最後かも知れないという報道を見て、いてもたってもいられなかったんです。

思い余った私は、あろうことか番号案内で森繁久弥さんの電話番号を調べてしまったのです。

判るはずも無いと思っていたら、すんなりと案内されてしまいました。

半信半偽で電話してみると本物でした。
電話に出られたのは、奥様らしい方でした。

いきなり電話をかけてきたファンに丁寧な対応で、チケットの取り方を教えていただきました。

しかし、今になって考えてみると、本当に森繁久弥さんのお宅だったんでしょうか?

確かめることは出来ませんが、その節はありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。
DVD観ました。
やられました。

凄いよ、この映画。
よくある特撮SF怪奇映画だと思っていたら足元を掬われるよ。

これはヒトの娘を見初めた異形の者の物語だ。
柳田国男や折口信夫を待つまでもなく民話や神話には時折みられる。

娘が、異形の者を受け入れるかどうかはケースbyケースだけれど、概して悲劇に終わる。

もっとも娘が拐われ、数年後に発見された時に子どもを連れているのもよくある話だ。

この映画では、マッドサイエティストの科学実験で創り出されたとはいえガス人間は、まさに異形の者である。
そしてガス人間に見初められた踊りの家元八千草薫(メチャクチャ可愛い)は、さしずめ巫女といったところか。
この場合は民話というよりも神話に見られるケースだ。
つまり異形の者は神である。ただし敬うべき神ではなく、ただ畏れられるだけの神である。
そして娘は異形の神の愛を受け入れた。
それでも悲劇には変わりはない。
神への供物に過ぎないからだ。

物語は人々の涙を誘いつつ終わりを迎える。

次は電送人間を観る予定です。