ハリラヤ・ハジで絶賛コタバル帰省中のまいファミリー。
二日目はクランタン川を渡ってTUMPATへ行ってきました。

前回Kampong Lautへ向かった道。
鉄橋の下をくぐるのが面白かったので、ここを通ってみました。

目的地その1。1921年建造の賭博場(カジノ)だった建物。
なかなか立派な建物なので、華人関連の施設や博物館として
整備をすればいいのにね。

目的地その2。Dato Wee Kwee Theow旧宅。1927年建造。
その1の建物と向かい合っています。彼の死後、長男によって
売却された後、80年代から2000年代にかけてTumpat市役所と
して利用されていました。

目的地その3。鉄道施設の中にあるRumah Api(灯台)。
第二次大戦中は、日本軍が管理していたんだそうです。

2017年8月にTumpat駅で撮影した一枚にも灯台が!
この時はMALAYAN TIGERを撮りたかったので、後方に見える
灯台には全く気づいていませんでした。
この車両はオハネ15-2004。JR九州から来たブルートレイン。
MALAYAN TIGERは2011年12月に運航を開始しました。
JB駅での出発セレモニーには鈴木大使が出席されています。

目的地その4。鉄鉱石の積み出しに使われていた線路の橋桁。
説明によれば、TEMANGAN鉱山(日系)からの鉄鉱石を船に
運ぶための軽便鉄道がこの上を走っていたとありました。

説明には日本の会社の名前はOriental Miningとありましたが、
それは南洋鉄鉱の戦後の名称で、英国企業と合弁で作った会社
です。鉱物資源の枯渇のため1965年で採掘が停止されています。
戦前の名前は南洋鉄鉱。日本鋼管系列の会社で、川崎製鉄所へ
鉄鉱石を供給していました。拙ブログでも何度か書いています。
南洋鉄鉱時代はPalekbang駅まで鉄鉱石を運んだという記録が
あります。ですから。TUMPAT駅からここまで軽便鉄道を利用
していたのはOriental Mining社時代のことなのかもしれません。

しかしなあ。こんな風景を期待して行ったんですけどね。
日本軍上陸地の碑が再設置されたことからもわかるように、
東海岸の海岸線って地球温暖化のせいか上がって来ている。
草の生えっぷりを見る限りでは、大潮の時にだけ地面が~では
なさそうなので、沖の砂州が大きくなっているんでしょうね。

夫がTUMPATでVIRALなチェンドル屋さんがある!と言うので
探してみたら、すぐ近くのGetingというエリアにありました。
そこで知ったこと。亡き義兄と夫は、タイ側に住む伯父さんに
会いに行くために、こっそりGetingからボートに乗ったことが
あるんだそうです(←もちろん旅券は不携帯)。
それを聞いて、Google Mapで調べてみたライライ。
そんなに近いなら国境まで行ってみよう!ということになり(笑)
そのままPengkalan Kuburまで勢いで行ってしまいました。

ここには免税店があって、たくさん買わなければ無税です。
お酒やたばこではなく、チョコレートやタイのお菓子、衣類、
台所用品(ZEBRAやコレール)などを売っています。
ライライの好きなKABUKIやチョコレート、タイのラーメンを
買った後、無事に税金を払うことなくコタバルへ戻りました。