MQ-36の出力回路の電解コンデンサは200V 400μFが2個と小さく、この容量の小ささがこのアンプの低周波特性に大きく影響しています。400μFの電解コンデンサのインピーダンスは1/2πfCですので、計算すると20Hzでは19.9Ωにもなります。プッシュプルアンプなので実際のインピーダンスは半分の10Ω弱になりますが、負荷抵抗が16Ωのアンプの出力コンデンサのインピーダンスが20Hzで10Ω近くもあるのでは低周波での音質やダンピングファクターにも影響すると思われます。出力段の時定数は6336Aの内部抵抗と負荷抵抗及び出力部電解コンデンサ容量で決まりf=1/2πCRです。Rは66Ω、Cは800μFですので計算してみると出力段の遮断周波数はf=3.0Hzになります。

 

現代の半導体アンプではこの出力部の電解コンデンサの容量は1万μF以上が当たり前ですので、MQ-36ではこのコンデンサの容量増加が主要な検討事項になります。又、MQ-36はスピーカのインピーダンスが16Ωと32Ωの負荷を想定したアンプですので8Ω負荷での動作は保障していません。しかしながら現在販売されているスピーカはインピーダンスが16Ωの製品は見かけませんので、何とか8ΩのスピーカでMQ-36を使用したいと考えるユーザーは多く存在すると思います。

 

それらの事を考慮しながら出力段の電解コンデンサ容量の増加について検討してみましょう。この出力段の電解コンデンサのサイズは直径35㎜、長さが100㎜ですので、現在ほぼ同じサイズのねじ端子のコンデンサを調べて見ると、日本ケミコンの電解コンデンサではKMHシリーズとニチコンのNRシリーズで200V 2200μFの製品がある事が判りました。そこで最初にこの2200μFの容量でシミュレーションをして見ます。

 

出力段の時定数を5倍に大きくしたので、スタガー比が不足して、そのままでは低周波にピークが出来てしまいます。そこで今度は6336Aのグリッド回路の時定数を小さくします。出力段の電解コンデンサを2200μFにして、6336Aのグリッド回路を0.22μFのコンデンサのみにしてシミュレーションをして見ます。そのシミュレーション結果を以下に示します。

 

   

     出力部の電解コンデンサを2200μFにした時の周波数特性

 

  

     出力部電解コンデンサを2200μFにした時の20Hz出力波形

 

周波数特性も0.5Hz近辺までほぼフラットになり、20Hzの出力波形も問題は無いように見えます。しかし歪率をフーリエ解析してみると以下に示すように、第二高調波歪が大きく出力段のプッシュプル動作が上手く働いていないことが判ります。この原因はつまり低周波での位相回転がまだ大きい箇所が他にあって、プッシュプルの動作が1kHzと較べて良くないという事です。

 

 

    16Ω負荷 20HZ  23W 出力波形をフーリエ解析歪率データ

 

そこで打消し回路のコンデンサ3箇所の容量を47μFから約4倍の220μFに増加してシミュレーションを行って見ます。その時の20Hzの歪率をフーリエ解析したデータが下記のグラフです。第二高調波歪である40Hzの歪成分が40mVから16mVにまで減少して第三高調波とほぼ同じレベルになりました。これは打消し回路の低周波での時定数が大きくなって、低周波での位相回転が減少して、プッシュプル動作が改善したという証拠なのです。

 

 

   20HZ  23W 出力 打消し回路コンデンサ変更時の歪率データ

 

MQ-36の打消し回路を見ると1kΩ×47μF=0.047secと小さい時定数であることが判ります。そこで、打消し回路の電解コンデンサ3箇所の容量を47μFから約4倍の220μFに増加し、抵抗の値も3.3kΩに増加して、打消し回路の時定数をトータルで12倍にしてシミュレーションを行って見ます。その時の20Hzの歪率をフーリエ解析したデータが下記のグラフです。第二高調波歪である40Hzの歪成分が40mVから8mVにまで減少して第三高調波より小さなレベルになりました。これは打消し回路の低周波での時定数が十分に大きくなって、低周波での位相回転が減少して、プッシュプル動作が改善したという証拠なのです。

 

 

 

     20HZ  27W 出力 打消し回路時定数変更時の歪率データ

 

このようにして各部の定数を少しづつ変更して特性改善が出来る値を見つけて行きます。これはかなり根気のいる仕事で一日4時間ほどシミュレーションを繰り返して、納得が出来る各部の定数が見つかるまで3週間ほどかかりました。